ここは、私、長谷川裕市が、毎月TOPページに連載している「今月のコラム」のバックナンバーを掲載しております。毎月自分の感じたことを書き綴っています。ゆっくりご覧下さい。

■今月のコラム・バックナンバー
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(更新日 2004/12/1) 

「スローライフ談話室」のお引越し

 検索サイトgooが、今年の春、NTT-XからNTTレゾナント(NTT-R)に社名を変更しました。そして11月25日よりgooの「スローライフ」のコンテンツが「環境」に変わりました。私が企画している「スローライフ談話室」も「環境」のコンテンツに入りました。これからはgooのトップページの生活という大きなジャンルの中に環境というコンテンツが載っています。環境から食に入ってもらうとスローフードの中に「スローライフ談話室」があります 。


(更新日 2004/11/1) 

「北海道」

 北海道 2004.11.01  10月10日(日)大豆の契約栽培農家をたずねて、北海道に行った。仙台空港の飛行機の予約の朝の便が台風で欠航となり、昼頃のフライトで行った。

 10月11日(月)私の製品みその無農薬大豆を作ってくれてる上川郡剣淵町の佐藤さんの所へ行った。道々で防風林が倒れ、家や小屋の屋根がはがれ、ビニールが貼ってあった。台風のため、私が行く予定の前に大豆の刈り取りがおわっており、無農薬無肥料栽培の大豆のみがまだあった。試験的にはじめたもので、成育が遅く、刈り取りをしていなかった。夕方佐藤さんと知的障害者施設「剣淵北の杜社」をたずねた。農業・窯業・農産加工・さをり織りをしており、それらを販売している。私はみそ造り担当の職員の人とみそ造りの話をした。夜は、佐藤さんの自宅で、家族の人と一緒にジンギスカンとビールをごちそうになった。

 12日(火)無農薬黒大豆を作っている鈴木さんの所へ行った。黒大豆はそれでも高いのに、黒豆ブームで、去年そして今年も価格が高い。今年は台風で京都の丹波の黒大豆が少ないとのこと。午後、私の仕込味噌の減農薬減化学肥料大豆を作っている石狩郡新篠津村の井伊さんを訪ねた。岩見沢駅に迎えに来てもらい、最初に二人でお世話になっている新篠津村農協を訪問し、椎野常務理事と伊藤部長のお話を聞き、そのあと大豆の選別 作業所を見た。井伊さんの家に行き、家族の皆さんと、やはり刈り取りがおわってにおづみされた大豆を見ながら話をした。剣淵の佐藤さんも言っていたが、井伊さんも台風で大豆の葉が落ち、順調だった成育があと一週間の所であった。完全に成育ができず、大粒の比率が例年より少なく、扁平した形のも例年より多い。井伊さんの小屋にもビニールが貼られ、台風で母屋が壊れるかと思ったそうです。夜、井伊さんとタップリ酒をのみながら、いろんな話をした。自然とは恐ろしいものであり、人間にはどうしようもない。

   

上左:台風で防風林が倒れた  上右:鈴木さん、佐藤さん、長谷川  下:新篠津村農協にて


(更新日 2004/10/1) 

「温泉」

 秋本番10月11月と紅葉のシーズンとなる。今年は温泉表示で揺れている。新聞を読むとある調査では「加水・加温が9割」なんて書いてある。水道水や井戸水を温泉なんて言うのは論外であるが、温泉の入浴温度は40〜43度位 になっている。今、家庭のお風呂が自動温度設定が多いので、各家庭で39度とか41度とか自分に合った温度設定をしている。温泉の温度は、自然が勝手に決めているので、我々人間の都合の温度にはなっていない。40度前後をめどとして水を足して温度を下げたり、熱を加えたりしている。

 私の住んでいる山形県はどこも温泉だらけ。何も旅館に泊まらなくとも銭湯気分で300円〜400円払えば、年中温泉三昧である。熱い銭湯(温泉)に行くと水道の蛇口にホースがつないであり、勝手にうめてくれという調子である。

 自然が相手なのに、人間は自分に自然が合わせてくれると勘違いをしている。また、温泉効能で、からだに良い云々もいいが、一泊や二泊では関係ない。ある一定期間の湯治療養でないとどうにもならない。

 からだの休息と心のリフレッシュとおいしいたべものと、これからは紅葉だ。温泉は、心から楽しむものだ。もっと大らかに考えよう! 日本の温泉は、いいよ。

。     


(更新日 2004/9/1) 

         「オリンピックとスポーツ」 

 オリンピックとスポーツ  今年の夏は、毎日がオリンピックの日だった。私は、夜中は寝ているので、真夜中のアテネでのテレビ中継を見ていない。準決勝・決勝の結果 が気になっており、朝起きるとすぐテレビをつける日々だった。毎日毎日オリンピックを見ていたのは、日本が毎日メダルを取っていたからだ。金メダル16個、銀メダル9個、銅メダル12個の37個であった。

 スポーツは観衆の前で、オープンで競技をし、ルールに基づいて勝ち負けを決める。100%とはいかないが、勝ち負けを決めるという点ではすがすがしい。地域の運動会から、幼稚園、小学校、中学校、高校の運動会、小・中・高・大学の部活とそれにともなう、市大会・県大会・全国大会。会社の運動会、仲間内での競技会。とにかく誰でも参加出来るし、多くの勝者を作り上げていく。多種多様の価値の勝者と敗者を生みだしていく。オリンピックは世界で一つのメダルである。それ以外は、日本でも、どれだけの数になるかわからない程の賞状やメダルや楯が授与されたか。敗者になっても、また勝負できる。今のグローバルスタンダードの勝ち負けのように、強者の論理による少数の勝ち組を作る世の中の競争社会は、誤りである。     


(更新日 2004/8/1) 

「うまいなぁ」

 今、8月1日午前9時。この原稿を書いている。通常は月末に書いているのだが、家業の仕込味噌(大豆を煮て、麹と塩を混ぜた段階の味噌。家庭のおけに仕込み、発酵させてたべる。)が、7月31日に終った。疲れ切って、原稿を書く気力がなかった。仕込味噌は毎年生産量 が減っている。そんな中で、「味噌、うまいねえ」と言う言葉を多くのお客様から寄せられた。地味な努力を毎年つみあげてきた。 「このみそ、やめられない」「こどもが好きで、毎日食べる」「嫁が味噌が好きになって」仕込味噌は、日本のそして庶民の食文化である。細々と守り続けていきたい。そのためのには「うまい、おいしい、やめられない」と言われるみそを造ることだとつくづく感じた。仕込味噌を続ける人たちは、みそマニアに近い人たちになると思う。本物のそしておいしいみそを造って、心から感動してもらうしかない。「本物の時代」長谷川の山形仕込味噌という名で仕事をしている。規模が小さく、生産量 が少なくて、日本の人口の中のほんのわずかな人たちの分しか造れない。でも、私の造ったみそで、お客様の人生が豊かになるのなら、私の仕事は、大事な仕事だと思う。


(更新日 2004/7/1) 

「味」雑感

 6月は、山形ではさくらんぼの季節である。さくらんぼ農家の人と話をした。今年のさくらんぼは例年になく甘かった。「どうしてなのか?」と聞いたら、「花が咲いたとき、温度が低くなり、蜂の動きが鈍く、花粉の受粉が悪く着果 が3割減になり、そのため一つ一つのさくらんぼの実に栄養が行き渡った。」との事である。農作物は、工業製品と違い、同じものを毎年作る事ができない。

 6月29日(火)京都にいて書いている。今日は、取引先へのあいさつに名古屋に行った。名古屋で、また味噌煮込みうどんに挑戦した。どうも苦手なのだが、今回は違っていた。たぶん老舗なのだろうか(確かではないが)、おいしいと感じた。みその味を何度もかみしめるように確認した。酸味、苦味の中にまろやかさと甘味がある。八丁味噌のうまいところを全面 に出しながら、私の苦手な所をカバーしている。店員さん(女性)に聞いた。「このみそ、何ですか?」答えは「ブレンドしています。」との事であった。私はやっぱりなあと思った。ここのはうどんもうまい。具もうまい。うまい味噌煮込みうどんを作るために、すばらしい発想と努力をしている。うまさを追求する事は大変な事だが、食べたお客様にすばらしい幸福を与えてくれる。

 


(更新日 2004/6/1) 

「インターネット」

  私はインターネットについてふと考える事がある。コンピューターを使って、世界中からすぐにかんたんに情報を得られ、利益追求の手段にもなっている。 かんたんに早く適格に情報を得る世界である。ここまでコンピューターが普及すると、もはや情報手段というよりは、意思伝達の社会基盤といってもいいのではないだろうか。

 大昔、文字を発見し、自分の考えを他人に伝え、印刷が出来てより多くの人に伝え、そして音声としてのラジオ、映像としてのテレビと発展してきた。 ここまでは、まだ時間を必要としてきた。読むにしても聴くにしても見るにしても、ある程度の時間を必要としていた。その時間の長さ分だけ、人間は考える時間を持っていた。ところが、このインターネットは、時間感覚が非常に短い。情報を得る手段であるから、かんたん・短い・適格であればいいのだ。でもこれでいいのだろうか。

 意思伝達の社会基盤になりつつあるインターネットにもっと「考える時間」を持ち込んでいかないと、考えない人間が増えてしまい、情報にふりまわされ、さまよう社会になってしまうのではないかと心配している。 インターネットに対する考えをもっと広く深く考えなければならない時代になったのではないだろうか。私は検索サイトgooで「スローライフ談話室」を企画している。この「スローライフ談話室」が、インターネットの新しい一面 を切り拓いていければいいなぁと考えている。


(更新日 2004/5/1) 

「担い手」

 4月28日、山形県醤油味噌工業協同組合第57期通常総会が山形市で開催された。県の組合員は43社である。私はその中で一番小さなみそ屋である。総会も終り、懇親会が夕方から行われた。みその全国ベースでの出荷量 も毎年少しずつ減少している。そんな中で、山形県内のみそ屋さんは地元密着で長い間仕事をしてきた。今、時代の変化の波にもまれ、いろいろと苦労している。みんなで「どうしよう」と酒をのみながら語らい合った。地域や近所の小売店が存在していた頃は、みんなそれなりに地元で商売ができた。ところが今は、小さな小売店はつぶれ、山形も、大手スーパーやコンビニのみになってしまった。よほどの規模でないと取り引きはできない。

 現在、厚生労働省の「みそ製造」の営業許可証をとっているのが全国で5,700事業所、そのうち、わたしたちが加盟している全国味噌工業協同組合の加盟企業は1,350社である。その他にも、個人で自家製みそを造っている人も大勢いる。みそは「手前味噌」という言葉がある様に、自分が造ったみそが一番おいしいのである。つくった人の数だけ味の種類がある。 味文化の王様である。その担い手がどんどん減ろうとしている。戦後、多くのたべものは、小さな作り手が淘汰され、ある程度の規模に集約されてきた。その事によって、味の違いもなくなりさびしい食文化になってしまった。みそはまだ、私の様な小さな製造業者がたくさん残っている。「手前味噌」という言葉を残すためにも、全国のみそ屋さんは、がんばらなくてはならない。みそは、味文化の基本であり、日本が誇れる調味料である。


(更新日 2004/4/1) 

「我が道」

 山形もやっと冬が終った。今年の桜の開花は例年よりも早く4月12日頃だそうだ。去年の夏は冷夏で天然醸造をしているので、味噌の発酵が遅い。大豆や米の値段も上がっている。自然は自然で動いている。(人間がわるさをして迷惑をかけているのだが。)私は山形スローフード協会の一員である。またgooのスローライフ談話室の企画をしている。

 とりインフルエンザそして六本木ヒルズの自動回転ドアの事故。グローバルスタンダード、勝ち組負け組、利益至上主義、効率の中現代人はとにかく忙しい。そして、一番忙しいのは「心」である。いつも、せきたてられる様に追いつめられる様に、心にゆとりややすらぎがない。「豊かな国、日本」もう少し考えてみた方がいい時期にきているのかもしれない。

 私は昭和29年生れである。小学生の頃を思い出すとのんびりしていた。時間が過ぎるのが、とにかく遅かった。一生けんめい遊んだ。自然と一体化していた。ぜいたくはなかったが、それが不満にはならなかった。社会の現象を無視したり逃避したりできないが、私は「我が道」を行く事にした。今、50歳、あと何年生きているかわ


からない。社会風潮にふりまわされて、忙しくて死んで行くのはいやだ。生きていくのに同じ厳しさでも「自分の生き方・価値観」を中心に生きていこうと思っている。

(更新日 2004/3/1) 

「PR」

 PRとかCMとか宣伝とか言われる広告。大企業はテレビやラジオ・新聞・雑誌でドンドン宣伝している。 大量生産をしているわけだから、大勢の人に買ってもらわなければならない。 そうすると、大量宣伝をしないと自社の製品を大勢の人にわかってもらう事ができない。

 私は妻と二人で味噌を作っている零細である。生産量も少なく買ってもらいたいお客様の絶対数も小さい。 それでも、自分の商品を知ってもらわないと売れない事は、大小に関係ない。 昔は地域経済だったので、そこに住んで一生けんめい物づくりをしていれば、地域の人に知ってもらう事ができていた。

 でも今は違う。地域の小売店がつぶれて、小さなスーパーも存在がむずかしくなりつつある。 流通が大きなスーパーに集約され、そこに納品するメーカーも、大手やそれなりの規模でないと取引ができなくなっている。 もはやこのままでは、小企業や零細・個人の規模は、成り立たない世の中になってしまう。  「良いものを作っていれば、必ず売れる。」と言われてきた。それは真実かもしれないが、実際はそうではない。 「良い物とか、何が良いのか」をお客様が知らなければ、そこに物があっても物の存在を知る事ができなければ、お客様は買えないのだ。 もはや、物作りだけではどうにもならない。 一生けんめい良い物を作って、その良さを何らかの方法でPRしていかないと、どうにもならないそんな時代である。

(更新日 2004/2/1) 
私の仕事
スローライフ・スローフード

平成16年1月28日(水) 山形新聞朝刊 抜粋

1月27日(火)午前11時〜午後3時 東京都世田谷区のキャロットタワーにて、第3回語らいステージ『スローライフ・スローフード』〜どうなってるの日本人の味覚〜 が開催された。

多くの人が関わって、大変お世話になりました。語らいステージをやる意義を再確認する事ができました。


2月4日(水)検索サイトgooのスローライフコンテンツ内にある『スローライフ談話室』で今回の語らいステージの特集をやっております。動画4本もブロードバンドで配信しています。ぜひ見て下さい。また、スローライフ・スローフードの入門ビデオを自主制作しました。『スローライフ・スローフード』〜同じ味じゃ、つまらない〜(15分間テープ)です。gooショッピングもしくは直接私の所へお問い合わせ下さい。

2,000円(税別)[本体1575円+送料梱包代等]



(更新日 2004/1/1) 
私の仕事

 新年あけましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願い申し上げます。

 私の仕事は、妻と二人の小さな規模ですが、今年が底をつく時期になる様です。 自分が考えたみそ造りをしているため、売上げも利益も思う様にいかず、何でこんな事をしているのだろうと思いつつ自分の信念を貫いています。 別にお金もうけをして、ぜいたくな生活をしようとは思っておりません。昔からお金に縁がなかったので、気になりません。 でも家族の事を考えると、少しは良くなって欲しいと思っています。

 1月27日(火)第3回語らいステージ「スローライフ・スローフード」〜どうなってるの、日本人の味覚〜があります。私はそこで言いたい事があります。 やれグローバルスタンダードとか勝ち組負け組とか誰が決めたかわからないルールにしばられ、リストラという言葉で人生をしばられ、 何を考える事もしゃべる事もなくなった日本人。何をしあわせと感じて生きていくのだろうか。人間は生きている限り、食べ続けなければいけない。 そのたべものだって、いざたべようと思うと似たりよったりの同じ味〜味の均一化〜である。 考える事も自己主張する事もなく、たべものはみんないっしょ、これではクローン人間になってしまう。

 きびしい世の中だからこそ、たべものだけでも個性があっていいのではないか! 自分が生きている存在の証しとして、そして、たべものは生き物の生をたべているという感謝の気持ちの表現として、「自分の味」を持って欲しいと思う。 私のみそ造りは、様々な味の中の一つをつくっている大事な仕事と思っています。だから必死なのです。


(更新日 2003/12/1) 
語らいステージ

 平成16年1月27日(火)午前11時より、東京都世田谷区三軒茶屋のキャロットタワーにて 第3回語らいステージ「スローライフ・スローフード」〜どうなってるの、日本人の味覚〜を開催する (定員制・有料・お問い合わせ TEL 023-622-4695 長谷川まで)。
 11月25日(火)〜28日(金)まで、幕張メッセにて、2003EFAFF第四回農林水産環境展に出展していた。 27日(木)夜7時から渋谷にて、コーディネーターをしてくださる伊庭みか子さんと打ち合わせをした。 結論も出ず、11時半になっていた。伊庭さんは、同時通訳者で翻訳家でもある国際通 の行動派の女性である。 日本で一番最初に遺伝子組み換え問題を提起した人である。

 伊庭さんから「長谷川さん、何を言いたいのよ。何をしたいのよ。さっぱり、わからない。」と突っ込まれてしまった。 私は、あまり波風を立てず、まわりとの摩擦をおこさないで、とにかく、自分たちの考え方だけでも理解してもらおうと考えていた。 商売をしている私としては、ついそう考えてしまう。
 伊庭さんは「ここに問題点があります。みなさん、これからこうしましょう。」と具体的に提言しないと、何も変わらず、 中味のないものになってしまうと考えているのかもしれない。 伊庭さんは、ながい間一生けんめいがんばってきた。海外でもそうだが、事なかれ主義の日本人に対しても「何をするのよ!」と訴えつづけてきた。 「何かを変えよう!」と思ったら、一歩前へ出なければいけないのかもしれない。

 「かもしれない」なんて書いているとまた伊庭さんに言われそうだ。


(更新日 2003/11/1) 
スローライフ談話室

 第3回語らいステージ「スローライフ・スローフード」〜どうなってるの、日本人の味覚〜を 平成16年1月27日(火)東京都世田谷区三軒茶屋のキャロットタワーにて、午前11時より定員50名で開催する。 今回は日本全国の多くの人に私たちの思いを知ってもらおうと、インターネットのブロードバンド(TVムービー)に載せる事にした。 でも、サーバーの容量の問題が発生し、NTTグループ会社NTT−Xの検索サイトgooのgooスローライフにお世話になる事になった。 平成16年2月3日(火)よりブロードバンドで貼り付ける事になりました。

 1分間のムービー4本で、1本は、語らいステージの風景、残り3本は、出演者の意見で、ノンフィクション作家 島村菜津さん、 無農薬無肥料りんご農家 木村秋則さん、フランス料理人 レストラン山崎の山崎 隆(たかし)さんです。 でも1分間というのはあまりにも短いので、パネリストの考えを文章にして読める様にした。 そんな中でgooさんより、私に「何か企画を出してくれませんか。」との話があり、11月4日(火)より、第1、第3火曜日、 そして平成16年2月より毎週火曜日更新で、「スローライフ談話室」が始まる事になった。

 「スローライフ談話室」
 http://slowlife.goo.ne.jp/danwa/

 そして語らいステージ用のTVムービーの撮影に入った。 10月25日(土)26日(日)有機農業発祥の地・山形県高畠町に島村菜津さんがスローフードの行事で講師として来ていたので、 2日間TVカメラで追っかけた。 27日(月)28日(火)は青森県の弘前市で、レストラン山崎の山崎シェフ、岩木町のりんご畑で木村秋則さんを追っかけた。 私たちの庶民の催し物にしては、本格的なTVカメラの撮影であった。(もちろん、私が撮影したのではない。プロである。) この4日間撮影した映像を編集して「スローライフ・スローフード」としてビデオカセットにて有料にて頒布したいと思っている。 平成16年1月下旬の予定です。



(更新日 2003/10/1) 
本質

 10月27日(土)秋田市で大学の校友会の東北支部長会議があった。
 私は山形支部の一員(会計担当)として4名で参加した。大学の経営陣から、常務理事・校友会から副会長が秋田に来られた。 「これからの大学の卒業生の組織をどうするのか」という議題であった。東北にある各支部の支部長の長い意見が相次いだ。 次に講演を控えていたので、司会(秋田支部)の方が、全部おわらないうちに意見の集約に入ってしまった。 「せっかく遠くから来ているので、まだ残っている支部に発言させるべきだ。」との意見が出て、続行になった。
結果的には「雨降って、地固まる」という事になった。 たまたま講演者が卒業生だったので、予定の半分の時間になってしまったが、同じ仲間なので了解してくれた。 でも大変おもしろい話で、もっと聞きたかった。

 10月28日(日)青森県に入った。私の無農薬みそのお米(無農薬無肥料栽培)を作ってくれている岩木町の木村秋則さんの所に行った。 青森県の米の作況指数が「71」と全国最低であり、太平洋側は「31」という状況であった。 木村さんのお米は強いので、どうにか大丈夫であった。

 平成16年1月27日(火)東京の三軒茶屋にあるキャロットタワーで、 第3回語らいステージ スローライフ・スローフード「どうなってるの、日本人の味覚」を開催する。
 料理の部と語らいの部に出席をお願いしている、弘前のフランス料理のシェフの方と夜、おいしい料理をごちそうになりながら話し合いをした。 木村さんと木村さんの仲間の農家の方が栽培している農作物を使ってレストランをされている。 木村さんからシェフの話を伺っていたので、前提の話はおわっていると思い、その先の話をしていた。
 そうしたら、「どうして、私でなければならないのか。シェフが必要なら、東京の知り合いを紹介してあげます。」と言われた。 想像もしていな突然の質問に私はとまどってしまっていた。 (スローフードだからお願いをしていたのだが)説明に自分でとまどいながらも一生懸命話をして、理解していただいた。

 大学の校友会の所では、組織が大きすぎ、すぐどうこうになるものでもない。主催県としては、スケジュールの問題もあった。 私の語らいステージの打ち合わせの件は、木村さんを通しての話であったので、私に甘えがあったのかもしれない。
 共に「本質」のところで話が不充分であった。反省。


(更新日 2003/9/1) 
社会への関心

 8月末、残暑お見舞申し上げますと書かなければいけない時季なのだが、今年は夏は来なかった。 低温と長雨そして日照不足で農作物が大変である。

 私は仕事柄、常に気象を気にしながら、北海道・青森・山形・県内の契約栽培農家と常に連絡を取っていた。 気象が変だなぁとは、去年の冬からずっと思っていたが、ここまでひどくなるとは考えられなかった。 農業技術がいくらすすんでも、自然には勝てない。工業製品の様に農作物が毎年安定して出てくるとはかぎらない。

 ところで、国の来年度の予算編成の件でテレビニュースで「財政破綻が目の前に迫っているなかで、来年度の予算編成が...」 という言葉があった。 簡単な話が、40兆円の税収と40兆円の国債という名の借金で、 家庭におきかえると、年収400万円の家で400万円の借金をして、800万円の生活をするのと同じ事だと言っていた。 「国の財政破綻」テレビのニュースで言われると、のほほんとしていられる状況ではないのかもしれない。

 自分の事だけを考えて、社会の問題に無関心で生きてきた日本人
 人間の欲望に合わせて、世の中を作り上げてきた日本人

 でもこれからは、自分や家族を守る事すら大変な世の中になりそうなので、 他力本願ではなく、自力で自分や家族を守る覚悟が必要になっていくのかもしれない。 そのためにも、社会や世の中に対して無関心であってはならない。

(更新日 2003/8/1) 
宝くじ

 8月1日 朝5時より北海道の無農薬黒大豆の無農薬黒大豆みそを造っている。やっと今日でみそ煮がおわる。 朝から晴れて、夏が到来した。さわやかな気持ちである。1ケ月ちょっとみそ煮はお休みである。4月からのエンドレスの仕事が一区切ついた。 今回も本当に疲れた。

 7月、東京で無農薬みそを販売していただいている流通のある店舗の担当者から、電話があった。 近くまで行くので「ぜひ工場を見せて欲しい」と。私は言った。 「従業員もいない規模である。工場などではありません。仕事場とか作業場とかならあります」と。 近代工場とは正反対の光景で、カルチャーショックを受けて帰ってしまうのが常なのである。

 山形に来られて、いろいろと説明やら話やらをした。 一言、「大変だねぇ。」そして「長谷川さん、みんなこれに戻りたいんではないのかなぁ。」と。 大変造詣の深い方で、ありがたい言葉であった。

 でも、長時間重労働で、しかも効率が悪く、お金にも縁がない。だから、機械化し、効率を求めてきた。 きつい肉体労働に戻るのは、大変だと思う。みんながみんなお金がもうかったら、いいのだが。 自由に競争して、能力のある人が富を得る。平等にチャンスがある。アメリカ式グローバルスタンダード。

 実際に富を得るのは、数%である。宝くじなのだ。宝くじを買うと3億円あたる。 海外旅行に行こう。やれ、家を買おう。私なら借金がかえせる。残ったら貯金しよう。 何人に3億円が当たるのですか。私なんか宝くじを買わないので、可能性0である。 宝くじ1枚買って1枚当たっても、3億円にはならない。300円を連番で10枚買う。 10枚買う人もいれば、100枚、1000枚、10000枚買う人もいる。宝くじだって平等ではないのだ。

 生き方、考え方、価値観が多様でいろいろあった方がいい。3億円を夢みて、散財して、ごくごく一部の人たちがもうかる宝くじ。 グローバルスタンダードとは、たとえ話でいうと、こんなものだ。 「楽して、何かいい事があるかなぁ。」と考える。そんな時代はない。 そろそろ眼を覚ました方がよいようだ。

(更新日 2003/7/1) 
仕込味噌

 私は、今、昔から続いている地元の仕込味噌を造っている。仕込みとは、原材料を混合し、容器に入れる事である。 味噌で言えば、大豆を煮て、切って、米をふかして麹にして、塩と混ぜて、桶に入れるという事になる。 この段階では、発酵していないので、みそとは言えない。毎日、朝4時半に希少するが、ねむくてしかたない。 やっと5時に仕事場に入り、最初におかま個を洗って、水を張り、火を入れる仕事から始まる。 午後3時40分頃おわり、4時から6時半まで、市内の各家庭に配達し、夜の6時半から8時まで、次の日の仕込みの準備をしている。

 出張以外は毎日のこの連続となり、疲れ果てて、左手をやけどしてしまった。 米をふかす作業で、お釜の熱風でやってしまった。数年前も、お釜のお湯をバケツに入れ、何と、そのお湯に右手をつっこんでしまった。 全く必要のない作業である。疲れると、頭の脳の回路がおかしくなるのかもしれない。 手づくりとは長時間のきつい肉体労働である。

 この仕込み味噌が年々、生産量が減っていく。当方も、特みそ・特々みそ・無農薬みそ等の製品味噌が仕込味噌よりも多くなっている。 仕込味噌は手づくりみそであり、日本の食文化としても、みその文化としても大切なものだが、父や母の時に比べると生産量 が半分になってしまった。 たぶん、このままでいくと、5年後はさらに今の半分になっているだろう。 お客様が高齢化し、亡くなったり、家族の人数が減ったり、次の若い世代に引き継ぎができなかったり、また、1年分のみそを造って、 1年分のみその代金を払うのも一因だったりする。 製品味噌専門メーカーならいいが、私の様な代々の麹屋さん兼みそ屋さんをやっていく者が日本中で廃業をしていくと、 日本の手づくりみその文化も消えてしまう。 私は、長谷川の山形仕込味噌として、たとえ少量 になっても、仕込味噌の文化を守っていきたい。 この火を消したくない。

(更新日 2003/6/1) 
ありがとう 本田君

 29日より出張で東京方面に来ている。
 5月31日(土)赤坂プリンスホテルで夕方より、『おめでとう本田武史君! 2年連続世界選手権銅メダル獲得祝賀会』が行われた。 と言っても、実は法政大学の関係者が集まっての内輪の会である。本田君も法政のスケート部の一員である。 日本スケート連盟では、14年前、世界に通用するフィギュアスケートの選手の育成のためにちびっこスケーターを集めた時の一期生が本田君だそうだ。 その当時(小学生)から、スケートでピョンピョン飛んでいたそうだ。 ジュニア世界選手権で優勝し、中学3年(14歳)で日本代表になり、ずっと今まで世界でがんばってきた。 長野オリンピックで4位となり、そして二年連続世界選手権銅メダルである。 次のオリンピックでメダルをめざしている。

 本田君の話では、練習チャンピオンと呼ばれていて、本番ではうまくいかない。また、試合より試合前の方が不安なんだそうだ。 おそらく、練習に練習を重ねて、技術的には世界最高レベルに来ているのを知っていて、うまくいかないのだと思う。 世界が相手である。彼は努力を重ねて壁をやぶってきた。 練習チャンピオンと言われるまで一生けんめい努力して、様々な大会で試合を積み重ね、ここまで来た。 彼は身長が1m68cmで体重は今は64kgだが、試合の時は60kgを切るそうだ。 でも、彼の顔はさわやかな笑顔である。身内の会で、仲間も多いから、自然体であったのだと思う。 自分の世界を精一杯楽しんでいる様にも見えた。14年間、スケート一筋の人生である。

 「継続は力なり」「努力に勝る天才はなし」これは凡人の私たちの言葉である。 でも、本田君は凡人の言葉の何倍も努力して、天才になろうとしている。私は49歳である。あと何年生きているかわからない。 何かをやろうとした時、もうラストチャンスの年なのかもしれない。 残された人生、私は凡人の本田君になりたい。

(更新日 2003/5/1) 
第3回語らいステージ(案)の案

 2月の第2回語らいステージでは、皆様のご声援をいただき、有意義な語らいステージ(H15.3月のコラム参照)になりました。 本当にありがとうございました。平成16年1月(もしくは2月)に東京にて第3回語らいステージを行う事になりました。

 なぜ語らいステージを行うのか。私は、みそを造っています。一生けんめいみそを造って、売って生計を営んでいます。 でも、みそを造りながら今の食を考えていると、「どうしても、言わなければならない」そんな感情にかられるのです。 「物をつくって売って、もうかればよい。」「利益を上げれば、それが一番立派な事だ。」と言われるこの時代、私だってお金は欲しい。 でも、お金のために大事な事を忘れて、利益追求に走る食の現実を見ると、お金に縁のない私であるが、やはり言いたくなる。

 第3回語らいステージのテーマは「ナチュラル・テイスト(自然の味)」です。
 素材を大事にしよう。素材がもっている本来の味、自然のおいしさをもう一度見直そうというテーマです。

 いつも私が述べている事だが、食の安全は、自分が守るものである。他人の表示によって守られるものではない。 表示はいつまでたっても、利益追求の食の時代であれば、偽装はなくならない。 大量生産の時代には添加物も少なくならない。人間も動物である。本能を研ぎすまして、食の安全を自分で判断しなければならない。 そのための能力としての素材の味をもう一度学習しよう。

 今の子どもたち、そして未来の人たちのために、自然がもつ素材の意味をもう一度考えてみませんか!


(更新日 2003/4/1) 
「自立」を考えよう

 今、米英軍とイラク軍との戦闘が行われている。でも実際は、イラク市民が多数死傷している。この戦争で我々は多くの事を学んでいる。 (1)戦争は常に大義名分はあっても、今回は石油? (2)アメリカのグローバルスタンダードは、やっぱりアメリカのもの  (3)宗教・民族・価値感は多様であり、スタンダードにはできないという事 (4)日本は、今だ独立国家ではない事。

 国家として、そして個人としても、私たちは自己責任をもって自立しなければならない。 個人としての自立とは、自分の価値感をもって、一生けんめい生きる事である。お金もうけをしたり、ぜいたくをする事ではない。 自分の価値感において、たとえささいな事でも自分なりのしあわせを感じる事である。 他人に迷惑をかけてはいけない。そして、他人と比較するものでもない。

 さて、21世紀は食料と水が足りなくなる。たべものとたべものの安全確保である。 安全な食料と水で、自分の「生」を守らなければならない。...自給...。 他人まかせの食料、他人まかせの食事、他人まかせの食の安全。やらなければならない事は、いっぱいある。 私は、みそというたべものに関わっている人間として、これからもたべものについて書きつづけていきたい。


(更新日 2003/3/1) 
第2回 語らいステージ

 平成13年11月28日〜30日の3日間、主催者企画で幕張メッセで行なった第2回農林水産環境展(後援 農林水産省・環境省)での語らいステージの第2回を 山形市コープ桜田3階で、2月23日(日)午後1時より4時10分まで行なった。無農薬大豆を作っている北海道の佐藤さん、無農薬米を作っている青森の木村さん、 山形県遊佐町の真嶋さん、私の女性の友人である安全な食と環境を考えるネットワークの伊庭さん(東京都)、 B・Dアグリ研究所の松井さん(京都府)の5名が自腹で山形にやってきてくれた。 山形県内はもちろんの事、宮城県からも来てくれて、来場者は100名位で、ほぼ満席であった。

語らいステージ  今回の最大の目玉は、上記出演者5名と会場の皆さんとの本音の語らいであった。 会場には、新聞社5社とテレビ局1社のカメラも入って、山形にしては緊迫した熱気のある語らいであった。 テーマは「無農薬の世界」〜本音で語ろう!食の安全・心の安心〜であった。 農産物の食の安全に対する疑問・不信の中で、食の安全・安心だけが叫ばれている。でも、まてよ! 「農産物が安全であれば安心」だけではいいのだろうか? 消費者の希望は[1]安い[2]安全[3]おいしい と一般に言われているが、「安くて安全な農産物を食べれれば、それで安心と言えれるのだろうか。」 という問いかけをした。

 伊庭さんが、アメリカの大規模農業の実態を写した大きな写真を多数掲示しながら、大規模農業へと進んだため、 アメリカの農村社会が崩壊した過程を話してくれた。 学校が消え、教会が消え、最後に残ったハイウェイにあるガソリンスタンドも消え、そして、その農村が消えたと。 アメリカでは、何百haの小農では存続できず、最低で1500ha以上の耕地面積がないとやっていけないそうだ。 カリフォルニアの平均稲作農家で約2000haである。大規模農業のアメリカ、そして比べ様もない小さな日本農業。 有機農作物にしても、大豆は100ha、トウモロコシは300ha。

 伊庭さんが、アメリカを例にして、外国の農業の実態を通して日本の農業を守ろうと話をしている時、会場の老婦人の発言があった。 「私はアメリカの話を聞きに来たのではない。安全で安心な野菜がどこで売っているのか教えてほしい」と。 この会場に来てくれた人は、意識の高い人たちである。 でも、外国から、認証を受けた本物の安い外国の有機農産物が日本に入ってきたら、この老婦人はどうするのだろうか。

 〜浦賀に、また黒船がやってこようとしている〜

 日本の農業は、日本の農村は、日本の田園風景は、
 日本の食料の自給は......。

 やっぱり言いたい!
 食の安全・安心を叫ぶのか、それとも、食の安全・心の安心なのか。


(更新日 2003/2/1) 
語らいステージ

 農薬・化学肥料・遺伝子組み換え問題に、新たにBSE問題(狂牛病)。偽装問題・無登録農薬問題・残留農薬問題が加わり、農産物の信頼がゆらいでいる。

 2月23日(日)第2回語らいステージ「無農薬の世界」〜本音で語ろう!「食の安全・心の安心」〜を行ないます。
 私は、今月のコラムやDeWA-Webのメールマガジン(しこみどっとメルマガ)にいろんな事を書いてきました。 100%本音を語るというのは、正直きびしいものがあります。 でも、21世紀に入り、本音で話をしないとどうにもならない状況に、時代が追いこまれている様な気がします。

 私がいつも言っている「本物の時代」には、やはり「本音の世界」が必要なのかもしれません。 今回、私のみその契約栽培農家3名(今月のコラムのバックナンバー参照)と友人の伊庭(いば)さん・松井さんも加わり、本音で話を切り込もうとしています。 今回の話のキー・ワードは「食の安全・心の安心」です。 いままで、「食の安全・安心」という表現を一般 的にしていましたが、語らいステージの打ち合わせのため、1月10日(金)新宿にて、夜4時間程 伊庭さんと話をしていた時、伊庭さんが「長谷川さん、よく<食の安全・安心>と言うけど、<たべものが安全だと安心だ>と言うだけではおかしいんじゃないの! たべものが安全だけでは、心の安心はえられないわよ。」と言った。

 ぜひ、語らいステージに来て、今、生きている21世紀そして未来の子孫のために、みんなで、今こそ本音で語り合いませんか!

第2回 語らいステージ
「無農薬の世界」
−本音で語ろう!「食の安全・心の安心」−

と き 2月23日(日) 午後1時開会〜午後3時半閉会
ところ 生協共立社 コープ桜田3階
     山形市桜田東4-9-15 TEL (023) 633-2275

[プログラム]

あいさつ         司会・実行委員会代表 長谷川裕市(山形市)

講  演  「無農薬・無肥料 木村秋則の世界」−りんごの話−    
             講師  無農薬栽培農家 木村秋則(青森県)

      「大規模農業の光と影」                 
             講師  安全な食と環境を考えるネットワーク
                        伊庭みか子(東京都)

語らいステージ「食の安全・心の安心と日本の農業について」      
  出演者 無農薬契約栽培農家<大豆>   佐藤剛裕(北海道)   
      無農薬契約栽培農家<米>    木村秋則(青森県)   
      無農薬契約栽培農家<米>    真嶋 一(山形県遊佐町)
      安全な食と環境を考えるネットワーク 伊庭みか子(東京都)
      B.Dアグリ研究所研究員    松井 環(京都府)   

質疑応答                              

 私達は平成13年11月28日〜30日の三日間、幕張メッセでEFAFF2001 第2回農林水産環境展(後援 農林水産省、環境省)において 主催者企画で「語らいステージ」を行いました。このたび、第2回を山形で開催することにしました。私のみその無農薬契約栽培農家3名と、 女性の友人2名で、語らいステージを行います。私たちといっしょに本音で語り合いませんか!「食の安全・心の安心」を。

 主催:語らいステージ実行委員会(出演者6名で構成)
 お問い合わせ:(代表)長谷川裕市 [長谷川の山形仕込味噌]
        山形市印役町2−5−1 TEL (023) 622-4695 FAX (023) 622-3180
        http://www.shikomi.com/


(更新日 2003/1/1) 
「原点」

 新年あけましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願い申し上げます。

新聞記事

 生産者サイドは、金もうけから入る物づくり。消費者サイドでは、便利・簡単・他人任せ。そんな中で、ここまで食の混迷と不信が募ってきた。 私たちは「原点」に帰る必要がでてきたようだ。建前の理想など掲げてもどうしようもない。 現実をみつめ、現実の中から少しでも良い方向へと時代を導いていかなければいけない。生産者として、消費者として。 そしてもっとも忘れられているのは、人間社会が共同社会として担う責任の問題である。

 私たちは、この冬、いろんな話をしようと集まる予定でいた。北海道か青森で。私のみその無農薬大豆を作っている佐藤さんから、 「長谷川さん、何かやろうよ!」と言ってきた。時間の制約もあり、山形でやる事になった。 農業と食の安全を考える語らいステージをする事になった。 2001年11月、幕張メッセで農林水産環境展の特設ステージで私たちが行なった語らいステージの第2弾である。 (ホームページ2001年11月、12月参照)

語らいステージ「無農薬の世界」
主催:語らい実行委員会(代表・長谷川裕市)
日時:平成15年2月23日(日) 午後1時〜3時30分
場所:生協共立社コープ桜田3階(入場無料)

 BSE問題、偽装問題、無登録農薬問題と次から次へとふきだす食の不信。この様な中で、「本当に無農薬栽培は可能なのか」 「大規模農業へと移行する事が、本当に日本農業の未来になるのか」「消費者として、食の安全、日本の食をどう考えたらいいのか」 個人個人が自分の意見を述べあう。
 出演者は、私のみその契約栽培農家の皆さんで、無農薬大豆を作っている北海道の佐藤さん、無農薬米を作っている青森の木村さん、 山形県遊佐町の真嶋さん、私の友人である東京の伊庭さん、京都の松井さんの女性二人も加わり、私が司会となって行う。 主催者は、出演者である私たち6人である。
●第1部 無農薬の世界
   [講演]「無農薬無肥料、木村秋則の世界」
         〜無農薬のりんごの話(青森県 木村秋則)
    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       無農薬米について(山形県遊佐町 真嶋 一)
       無農薬大豆について(北海道 佐藤剛裕)

●第2部 食の安全と農業について
   [講演]「大規模農業の光と影」(東京都 伊庭みか子)
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       食の安全について(京都府 松井 環)
       農業について(出演者全員)
 詳細については、2月のコラムで書きます。ぜひ、おいで下さい。

(更新日 2002/12/1) 
本物の時代 〜心からの感動〜

11月19日(火)
 山形県学校生活協同組合の商品委員会の学校の先生14名と東京から学教支部の2名様、学校生協の佐藤常務・平沢部長・山本さんの計19名が、 私の家にみそ造りの見学に来られた。 平沢部長が案内に「みそ工場見学」と書かれたそうであるが、私の所は工場ではない。作業場である。大人19名が入ってくるとさすがに本当に狭い。 手造り手作業の世界に、工場はふさわしくない。みそ造りの説明がおわった後、19名様が入れる室がないので、 となりの荘内銀行鈴川支店の会議室をお借りして、いろいろと話をさせてもらった。

11月24日(日)
 早朝6時、仙台から仲間といっしょに小型バスで茨城県鹿島市に向かった。司友山一道寺落慶法要に行った。 このお寺は、熈林一道(きりんいちどう)ポール・牧さんのお寺である。 この式でのポール・牧さんの真剣なまなざしに喜劇役者ポール・牧さんの生き方を垣間見たような気がする。 芸能人も多数見えられ、芸能レポーター梨本 勝さんもおられ、名刺交換をさせてもらった。梨本さんは、大学(法政)の先輩でもあられる。
 仲間の皆さんは仙台に帰られ、私は農林水産環境展出展のため東京に向かった。

11月26日(火)〜29日(金)
 去年に引き続いて、幕張メッセで開催される農林水産環境展[EFAFF2002]に出展した。 28日夜、東京で商談のため上京中の私のみその無農薬大豆を造ってくれている北海道の佐藤さんと、仲間の砂田さんが幕張にやってきて、 同じホテルに泊まり、翌日EFAFF2002を見ていった。
 さて、みその商売となるとこの出展は大赤字の世界であるが、今年もすばらしい人たちとの出会いがあった。

 山形にも名の知られた会社の社長さんと奥様が、私の家にいつもの様にみそを買いに来られた。私は社長さんにお歳暮について聞いてみた。 そうすると「コーヒーとか油とかのりとか決まりきった物をいろいろともらうが、お歳暮をもらって喜んでいる人はいない。ギフト券の方がまだましだ。」と。 形の世界なのだと思う。いくらの金額か相手にわかる物を贈っている。これは5千円だと。そうすると相手の方も5千円の物を贈る。 贈られた物に喜びも満足もない。それだったらギフト券の方がまだましだという話になってしまう。 お互いにギフト券を交換するくらいなら、お歳暮はやめた方がいい。

 私は、お中元にさくらんぼを贈っている。山形はさくらんぼが名産である。毎年契約したさくらんぼ農家にたのんでいる。 一番おいしい時期に一番おいしいさくらんぼを贈りたいので、その瞬間を教えてもらっている。「長谷川さん、そろそろですよ。」と連絡がきて取りにいく。 毎年まとまった数をたのんでいるので、農家の方も必死である。おいしいもぎたてのさくらんぼをその日のうちに宅急便で送っている。 山形はさくらんぼが名産である。名産の名にふさわしい物を私は贈っている。

 今の時代は、見ためや金額ではない。贈られた物が、どれだけ相手様の心をゆさぶるかである。 うまい!めずらしい!こんなの食べたことない!あぁ、毎年楽しみだぁ! 贈ってくるのを相手様がまっている様だと最高である。 本物の時代、国産減農薬・無農薬/みそ醸造元 長谷川の山形仕込味噌のみそもその仲間に入れる様に必死に努力していきたい。

 私は今年も必死に生きてきた。仕事もまだまだ軌道にのっていないが、少しずつであるが、私のみそも知られる様になってきた。 無農薬や減農薬の原材料だけでみそを造っているのは、日本にはたぶん私しかいないと思う。 理想をかかげても、商売になると非常に厳しい物がある。この私を支えていただいている皆様に心から感謝を申し上げ、今年のコラムをおわりたい。

 「本当にありがとうございました」

(更新日 2002/11/1) 
満たされないおいしさ

 人間は、遺伝子のDNA・指紋・顔・声・姿・性格・好み等、1人1人自分の個性を持っている。おいしいという味覚もそうである。 甘いのが好きな人もいれば、塩っぱいのが好きな人もいる。味の濃いうすいもある。味覚に関しては複雑怪奇である。 そんな中で、多くの人が毎日のたべものに対して、何か満たされていない感じを持っている。なぜなのだろうか? 私の住んでいる地域は、スーパー乱立の地である。毎日安売りのちらしが新聞に入ってくる。小さい頃は、近所のお店で買物をしていたが廃業をしている。 私の家族の食事の食材もスーパーである。どこのスーパーに行っても、だいたいメーカー・商品名が似たりよったりである。 そうすると、同じ物なら安い方へと客は右往左往である。いざ、食事となると「満足感」が味わえない。 私は、粗末な食事であったが、昔の方が「おいしさ」という欲求を満たしてくれていた様な気がする。 1人1人の求めているおいしさが違うのに、商品数・味の数が少ないのではないだろうか。 特に食品が工業食品になってしまい、スーパーで並んでいる数少ない商品ですら、味が似たりよったりでは、 人それぞれの味覚の個性など満たされるものではない。 便利さと安さだけでは自分のおいしさと心の満足は得られない。

 話は変わりますが、私の所にお客様から問い合わせがくる。「どこでみそを売っているのですか?」 私は返事に窮する。山形のスーパーでは、どこも扱っていない。 実は、表示の欄で保存方法に「冷蔵庫保存」と書いてしまった。とうふや納豆や牛乳の様に冷蔵ケースに入れて販売してもらわなければならない。 みそは通常、常温で普通の棚においてあるので販売してもらえない。 「すみません。店には置いていないので、直接小売りをしています。ご住所は、お名前は...」となってしまう。

 お歳暮の季節にもなりました。
 皆様よろしくお願い申し上げます。

(更新日 2002/10/1) 
とことん話をしました。

 9月1日(日) (北海道石狩郡新篠津村にて)
 仕込みその原材料の減農薬大豆「トヨムスメ」を栽培してくれている井伊さんです。長男のりょうたろう君も2才になった。 農林水産省のガイドライン表示の栽培確認者の藤永さんと畑で出会って、「井伊君は、がんばっているよ」と、ほめていた。 となりの藤永さんの畑は、有機栽培である。井伊さんと酒を飲んで、とことん話をした。

 9月2日(月)
 朝、JA新篠津を訪問し、農協関係者の皆さんと話をした。 午後より、特みそ・特特みそ・無農薬みそに使っている無農薬大豆を栽培している、旭川から北へ1時間半位 にある上川郡剣淵町に行った。 夕方より栽培グループの皆さんとビールをのみながらジンギスカンでいっぱい話をした。

 移動のため時間がかかり、今度は、小麦栽培をしている木村さんと会った。収穫は終わっており、ほんの少しであった。これは無農薬小麦である。 6月に小麦の赤かび病の防除の件で、農薬を使うかどうか連絡が入ったが、小麦そのものの安全性が大事なので、減農薬になっても仕方ないと連絡した。 今年はかろうじて無農薬になったが、赤かび病の問題は毎年でてくるので、必ず無農薬小麦とは無理の様である。

 9月3日(火)
 無農薬大豆「トヨコマチ」を作ってくれている佐藤さんと大豆を確認に行った。天候不順にもかかわらず、どうにか?なりそうである。 たまねぎ畑が生育していないのでたずねたところ、「病気のため全滅、あきらめた。農薬を使えば、どうにかなるのだが」と。 この畑に来年は別の無農薬作物を植えるから、農薬は使えないとの事であった。 旭川に移動して、夜、佐藤さんと酒をのんだ。

 9月5日(木)
 天然昆布を探しに知床半島の羅臼に行った。北の国から2002 遺言 の舞台になったところである。漁師のいずみさんと会った。 今年は漁協に全量売り渡しのため、見本だけをもらった。長い付き合いになりそうである。

 9月14日(土)
 特みそ・特特みその減農薬米「ササニシキ」を栽培してもらっている米の道の会の皆さんと遊佐町の富士屋にて酒をくみかわしながら話し合いをした。 私が「認証をとってくれ」とお願いして、苦労とめんどうをかけてきたが、厳しい世の中を反映して、 みんなが「大変だったが、認証をとっていて良かった」と言ってくれた。

(更新日 2002/9/1) 
ちょっと、待ってくれ。

 ある新聞の記事に、揺らぐ食マーケティング.200X年の予兆.今や「あってもなくても平気」...主食の座降りた「ご飯と味噌汁」. 「炊飯器で炊くのも面倒」時代に。という見出しがあった。 内容は、コメを研ぐこと、釜を洗うこと、ご飯が炊けるまで何十分も待つことが面 倒。 お弁当のオカズは、冷凍食品やプチトマト、ウインナーなどであるから、炊飯に30分以上かかるのは合理的でない。(レトルトの中華丼は数分でできる) また同じものだと飽きるから、パン・パスタ・めん類・ピラフ・チャーハン・おにぎり・炊き込みごはん。 ごはんは、チンする無菌米飯類や出来ている加工米飯。 「みそ汁は」というと、栄養のある具材を沢山入れたオカズ型味噌汁と食事の水分としての飲料型味噌汁があり、今や、飲料型味噌汁が増えているが、 それが、水(EX. アルカリイオン水)・茶(EX. 麦茶)・牛乳・ビールなどの飲料と競合してその座を失い始めている。 みそ汁もインスタント時代に。
 これらの内容は事実であると思う。

 電子レンジで「チン」というインスタント化食品時代を迎えようとしているが、私はここで「農薬・化学肥料・添加物・化学調味料・塩分・糖分・家族・ 自然のかかわり・これからの日本の経済力・環境問題・食糧及び自給率の問題・南北問題・エネルギー問題・そして自然の味は」と問おうかと思ったが、 別の角度から考えてみた。

 ごはんもみそ汁も飽きられてしまったのである。
 人はおいしい物を食べたがっている。ごはんやみそ汁は、「今の時代のおいしさ???」を失っているのかもしれない。 (本当は、ごはんそのもの、味噌そのものが最高にうまいたべものだ。) ところで、米にしても、作業効率や収穫量 等の経済性ばかり考えてきて、お客様が米に対してどう考えているのか、何を求めているのか、 そして味噌にしても、みそは日本人には欠かせないから、なくなる事はないだろうと考えていた。 ところが冷凍食品やレトルト食品業界は何十年にわたり、必死になって消費者に受け入れてもらおうと、努力と競争をしてきた。 私が言いたいのは、物づくりに真剣さ、必死さが足りなかったのではないだろうか。そのツケがきているのだと思う。 そして次に消費者の皆さんが食に対して、真剣にそして必死に対峙していかないと、「とんでもないシッペ返しがくるのではないだろうか」と心配である。 ちょっと待ってくれ! 何のために食があるんだ! 何のために毎日食べているんだ!

(更新日 2002/8/1) 
スローフード

 7月6日(土)午前9時より、協同の杜(JA山形研修所)にて山形スローフード協会・会員研修「スローフード運動を、どう進めていくか」があった。 去年7月に発足し、今年3月イタリアの「スローフードインターナショナル」に加盟した日本で5番目の支部である。 会員は57名で、農業関係者・醸造関係者・教育関係者・料理関係者・商店主・主婦等である。 「郷土の食文化を掘り起こし、大切さを後世に伝えていこう」としている。

 スローフードは、1986年イタリア北部のブラという村で、文化人(イタリアのジャーナリスト、カルロ・ペトリーニ)等で始まった。 やがてNPO運動で、 [1]消滅の恐れのある伝統的な食材や料理や質の良い食品、ワインを守る [2]良質の食材を提供する小規模生産者を守る [3]子供達を含め消費者の味の教育を進める という運動になった。 事の発端は、1986年ローマの名所スペイン広場でハンバーガーショップが開店した事であった。 現在世界で会員が7万6千人、日本では5支部900人である。

 ファーストフードが食事や味覚の画一化をもたらしている現在、各地に残る食文化を大切にし、くらしや生き方を考え直していこうとする運動である。 今、食が崩壊しようとしている時に、非常に大事な運動であり、私の仕事、特に仕込味噌(以前は、各家庭で自家製みそを造っていた)は、 まさに日本のスローフードの代表的な食材の1つであると思っている。
 このテーマについては、折にふれて、これからも書いていきたいと思う。

(更新日 2002/7/1) 
6月21日 「山形県がやってきた」

 私のみそ造りについて話を聞きたいと山形県村山総合支庁農業経済部と村山農業改良普及センターのお二人の方が訪ねてこられた。 仕事場で、無農薬大豆や無農薬米、深層水の塩等、私のみその原料の説明をした。みそ造りの作業手順や無添加手造りの話をした。 自宅にて、減農薬・無農薬・有機栽培や農業全般そして機能性食品について話をした。 知事をはじめとして、山形県あげて、地産地消に、一生けんめいであるという話をお伺いした。


6月27日 「北海道に霜がふった」

 「6月25日、北海道に霜が降った。」というニュースをテレビで見た。契約栽培大豆が心配で佐藤さんに電話した。 そう言えば、先月もテレビで「氷(ひょう)が降った」というニュースで電話をしたばかりである。 大雪山には雪がふり、家では毎日ストーブの生活だそうである。 無農薬大豆は無事であったが、無農薬の小豆(あずき)は、霜の害を受け、栽培をあきらめるかどうかという状態で 佐藤さんは「ああ、がっかりした。」と電話口で言った。この無農薬のあずきは、金沢の和菓子屋さんにいくものである。 地域の仲間と離れて点在する仲間でセーフティーネットを作っている。お客様には迷惑をかけられないとの事である。 いつ、私のみその原料である無農薬大豆が全滅するかわからない。 私も二重にセーフティーネットを作っているが、100%の保証はどこにもない。
 7月より無農薬みその大豆が無農薬減化学肥料から、無農薬無化学肥料にかわり、ラベルやパンフレットを変更中である。 平成11年に無農薬無化学肥料栽培の契約をし、平成12年春、種まきをし、晩秋=初冬に収穫した大豆が、平成14年7月 やっとみそになった。

(更新日 2002/6/1) 
こだわり

 たまたま自分が人間として生まれた限り、誰でも人間としての自分の存在を確認して生きていたいと思うものである。物づくりも同じである。私のみそ造りの原材料である大豆や米そして塩もこだわりの素材である。大豆では北海道の佐藤さん、井伊さん。米では青森の木村さん、山形の米の道の会の皆さん。それぞれが自分の存在をかけて、私に大豆や米を作ってくれている。「お前のために作っているんだ。」この言葉は、私のみそ造りの最中にも、大豆や米が直接語りかけてくる。塩にしても、「伯方の塩」には塩田復活の大衆運動の歴史があり、伊豆大島の「島の塩」深層水の塩「ハマネ」にも伊豆大島の昔からの塩づくりの歴史があり、世界で初めて深層水の塩をつくりあげた地なのである。それぞれにすさまじい思いがあり、ながい時間が込められている。大豆・米・塩……みそ造りのただの材料ではない。様々な人たちのこだわり、思いが私のみそ造りを動かしていく。これらの原材料があるから、私の無添加・手造りのみそ造りが生かされていくのである。

 私のホームページを見た東京の女性の方から、先月みその注文がきた。昔たべたおばあちゃんのなつかしい手造りみそをたべたい。いろんなみそをさがしてたべているが、同じ様なみそにめぐりあえない。早速みそをお送りした。返事の電話がきた。大変おいしかった。でも、ちょっと私がさがしているみそとは違う様だ。でも、またたのむ事があるかもしれないのでよろしくお願いしますとの事であった。このお客様は、自分のルーツをさがす様に、あのおばあちゃんの手造りのみその味を求めて、また旅をするのであろう。

 私のお客様には、こだわりの人が多い。「みそだけは、おいしい物をたべたい。」「おいしいみそと米があれば、生きていける。」こだわりの連鎖と思いの伝達。私は皆様に、こだわりと思いを伝えられるみそを造っていきたいと思う。

(更新日 2002/5/1) 
私の青空2002(内館牧子作)

 NHK月曜ドラマシリーズ「私の青空2002」(午後9時15分〜)が4月1日より8回シリーズで始まった。4月は第5回まですすみ、5月13日(月)からあと3回番組が残っている。一昨年の4月から放送された朝8時15分からの連続ドラマ「私の青空」の続編である。このドラマは、青森県大間町のまぐろ漁師の娘なずなが、高校の先輩でもある健人と結婚式の三三九度の最中、ボクシングジムの娘の千代子とボクシングをあきらめきれない健人が失踪してしまう。すでに妊娠していたなずなは、未婚のまま太陽を出産する。太陽の父親健人を探すため上京して、築地でくらし始める。
 今回は、太陽が小学校3年生。なずなは学校の給食調理員そして夜は武蔵氷業でアルバイト。父 健人はボクシングジムのトレーナー。籍を入れずシングルマザー(未婚の母)として太陽といっしょにくらし、健人は同じアパートの違う室に住み「いい関係」を作っていた。ところが健人がボクサーのスカウトでりんごの里青森県岩木町を訪ね、りんご農家の娘小雪(菊川怜)と出会い、恋愛におちいる。太陽と健人は親子関係であるが、籍が入っていないなずなと健人は他人の関係になる。シングルマザーなずなが人生の地獄をみるというストーリーで、今のところすすんでいる。

 私の無農薬みその原料である無農薬無肥料米「あきたこまち」を作ってくれている木村秋則さん。番組のおわりに出演者及び関係者の名前が字幕に出るが、そこに農業指導木村秋則と出てくる。またドラマの中でスノーモービルに乗って今まで二回出演している。29日の第5回「父をたずねて三千里」で、太陽が小雪といっしょにいる父健人をたずねて一人岩木町を訪ね、雪の中、迷子になっているところを助ける役だった。

 また、映像に出てくる木村さんのりんご畑、りんごの木に話しかける姿、小屋、自宅。私は、このドラマが始まって1ケ月ずっと考えていた。何だ、このふんいきは。木村さんのふんいきが、このドラマをおおっている。ドラマの舞台は青森。本州最北端の大間の漁港。そして今回は、冬の津軽。雪の中のりんごの木。そう言えば、このドラマが始まる前、木村さんが私にこう言っていた。今度のドラマは「りんごの花が咲くまで」がテーマの1つになっているんだと。このふんいきは、りんごの無農薬無肥料栽培に一生を捧げた木村さんの苦しみ、悲しみ、やさしさ、そしてよろこびなのかもしれない。このドラマは、いいとか悪いとかを超えて、一生けんめい生きる人生の「実感」を表現したかったのかもしれない。


 ※「今月のコラム」のバックナンバー[2001]2/1・10/3・11/5・12/4・[2002]4/2 に木村さん関連が載っていますので、ご参照下さい。

(更新日 2002/4/2) 
3月19日(火)
4人  山形商工会議所の方から、中国の人がみその話を聞きたいという話があって、今日午後4時30分に、大連市から貿易会社の蒋旭(JIANG XU)社長そして通訳の邱捷(GIU JIE)さんと、そして佐藤さんの三人が自宅を訪ねてくれた。みその話であるが、通 訳の人も中国の人で理解してもらうのにとまどった。具なしのみそ汁や、みそ漬をたべてもらった。中国のみそは、豆みその様で、どうも中国ではみそ汁としてはあまり使わないようだ。日本では一汁一菜等のように、みその味が主役にもなる事があるが、中国では様々な調味料の1つでしかない様だ。みそ造りの説明をしている時に、みそ漬の桶のみそに興味をもったようだった。食文化の違いをつくづく感じた。
 私はやっぱり日本の食文化としてのみそをこれからも大事にしていきたい。

講演写真 3月26日(火)
 宮城県仙台市で、仙台国際ホテルにて仙台平成ロータリークラブの例会があり、依頼を受けて、卓話というコーナーで話をした。お昼時間の例会で「本物の時代」というテーマで狂牛病の話と、私のみそ造りで無添加・手造りの話を23分した。あっという間に時間がすぎ、わかってもらえたのかなぁ?と 今は、考えている。

4月1日(月)
 午後9時15分からNHK月曜連続ドラマ(8回)「私の青空2002」の第1回(お父さんの恋)の放送があった。2年前の朝8時15分からの連続ドラマの続編で前作は青森県大間町のまぐろ漁が背景になっていたが、今回は青森県岩木町のりんご作りである。実は、私の無農薬みその原材料のお米(無農薬無肥料栽培)を作ってくれている木村秋則さんのりんご作り(無農薬無肥料栽培)がモデルとなっており、木村さんのりんご畑や小屋も写 っており、りんご農家の姉[佐藤小雪(菊川怜)]と弟[佐藤猛(三宅健)]の自宅(セット)も木村さんの自宅のふんいきがかもしだされていた。
 この話は、5月のコラムで書きたいと思います。

(更新日 2002/3/5) 
新聞写真  雪印問題。特に表示問題について書きたいと思います。
 写真を掲載しましたが、写真の右はしで納豆を食べているのが私です。2月16日(土) 朝日新聞のくらしというコーナーで国産大豆に関する記事の中での写真です。この記事の中で2000年度産の国産大豆の生産量 が24万tと前年より25%増えて、日本の大豆自給率がやっと5%になったとの事でした。2月12日(火) 東京で「大豆畑トラスト運動全国交流集会」があり、参加してきました。消費者団体などで作るネットワーク「遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン」が 1998年から始めたもので、消費者は大豆畑に一定額を出資し、収穫量に応じて大豆を受け取ります(大豆・納豆・みそ・しょうゆ等)。生産者はできるだけ農薬や化学肥料を使わず栽培し、生育状況を消費者へ伝えます。集会には、全国から多くの大豆トラスト団体と消費者が参加しました。トラスト畑で生産者と消費者がいっしょになって種まきしたり、草刈したり、収穫したりしている状況が報告されました。うそか本当とかという表示問題ですが、大豆トラスト畑の大豆には、そういう問題はおこりません。なぜならば「どこの畑で、誰が、どの様に作っているのか」という情報を消費者自身で確認がとれているからです。

 すべてのたべものは、誰かが、どこかで、様々な方法で収穫もしくは加工しているのです。作り手(農水産物生産者・加工業者)から売り手(小売店・スーパー・デパート)、そして買い手(消費者)へと、正しい情報が伝わっていれば問題がありません。でも、こんな事を書いても無意味な時代となっています。とりあえず買い手(消費者)の立場から売り手側に表示に疑問をもった時は、「この表示は本当ですか」とお店に直接聞いてみるのもよいでしょう。売り手は説明責任がありますので、作り手に確認をするはずです。

 私が契約栽培にこだわっているのは、できるだけ自然のかたちでみそを造りたいので、おいしいみそを造るためにおいしい素材が必要な事と、少しでも安全であって欲しいとの願いからです。

(更新日 2002/2/6) 
〜 寒仕込み 〜


ゆげいっぱい  朝6時、お釜に水を入れて、バーナーに火をつけてお湯をわかします。気温は氷点下。7時30分にやっとお湯がわきました(写 真)。90分かかります。

 大豆を煮るために、木のふたをかぶせているお釜に大豆を入れ、麹(こうじ)造りのためにステンレスのかんに、抜掛法と言って、何回かに分けて米を入れて、ふかします。この90分の時間にも、並行的に様々な作業をしています。夕方5時まで、とにかくいろいろな仕事が続きます。

 寒仕込みの時に一番困る事は、写真を見てわかる様に、お釜に火が入っている間、湯気が仕事場一面 に立ちこめますので、何も見えなくなります。よって仕事場の窓や戸をあけます。室内も外も同じ状態になります。すなわち、冬なのです。手造りとは、長時間肉体労働・少量 生産なのです。

 さて1月の話題と言えば雪印。次回のコラムで書きたいと思います。ただ一言、私がいつも言っていますが、この地球上で今も食べものの確保のために、動物の世界、植物の世界で生存競争がくりひろげられています。無防備と無責任は死を意味しています。たべものの確保とたべものの安全性は、自分の生死にかかわるのです。もう一度、たべものについて真剣に考えてほしいと思います。

(更新日 2002/1/11) 
 新年あけましておめでとうございます。
 昨年は大変お世話になり、ありがとうございました。

 今は誰もが「変革の時」だと思っている希な時代である。最近では明治維新・第二次世界大戦前後である。破壊と創造である。
 食べ物を考えた場合、変わらない食べ物・変わった食べ物がある。たとえば、米とかみそは永い間食べられてきた。時間のスパンを考えると、あまり変化していない食べ物である。今、話題になっている牛肉等は明治時代になってから日本人が食べ始めたが、狂牛病問題が出てきた。
 私は、安全でおいしく、からだに良いみそを提供したいと微力ながらがんばっています。今年は変わらなくてもいい部分と変わっていくだろうと思う部分を、じっくり考えていきたいと思う。
 「普遍的な価値と新しい価値」である。

 今年はうま年で、私も48歳になります。精一杯努力しますので、皆々様のあたたかい御厚情をよろしくお願い申し上げます。

(更新日 2001/12/4) 
11月28日(水)〜30日(金)
午後1時30分から3時
 幕張メッセで、農林水産環境展2001が開催された。私は3日間、語らいステージコーナーの企画運営を担当した。28日は「契約栽培の仲間たち」のテーマで、午後1時30分より農林水産環境展実行委員会の企画委員で環境新聞社編集局長 小峰且也様の主催者あいさつで始まった。私がコーディネーターとなり、私のみその契約栽培の農家の皆さんが話をした。米関係では、青森から木村秋則さん、山形から佐藤専一さん、真嶋一さんが話をした(山形新聞参照)。
山形新聞切り抜き  大豆関係で、北海道の池田さんが「農薬を使わずに畑の土をつくり、作物を育てることが、人の生命を守ることに結びつくと思う」、井伊さんが「私の育てたものを食べた人に健康に暮してほしいとの思いに取り組んでいる」と語り、北海道新聞に紹介された。また、「わが家の食卓がガラリと変わるたべもの発見ガイド」の著者の丸谷馨氏も参加してトークショーを行なった。塩関係で(株)深層海塩の三間社長が塩の話をした。そのあと聴衆の皆さんとの質疑応答をした。

 29日は「無農薬・無肥料 木村秋則の世界」のテーマで私が司会となり、木村さんが自分の農業人生を語った。質疑応答で、脱サラして農業を始めた若い男性が「木村さんの農業人生に感銘を受けた。私もがんばりたい」と、また若い女性の人は「私の店でも、安全でおいしいものをお客様に伝えたい」と語った。

 30日は「わが家の食卓がガラリと変わるたべもの発見ガイド」のテーマで、私が司会を担当し、作家の丸谷馨氏が講演をした。

 私たちが3日間行なった語らいステージコーナーと物産コーナー(6社)は、一抹の清涼剤となり、農林水産環境展の「心の癒し」となったのかもしれない。

 私は初めて幕張メッセの大きな会場に来た。よくテレビでみる企業の展示ブースの風景があった。でも、そこには、やや元気のない企業戦士の姿があった。もっと元気が欲しい。楽しさが欲しい。やっぱり収穫を祝う村の秋祭りだ。祭りだ、祭りだ、豊年祭りだ。
 ワッショイ!ワッショイ!

(更新日 2001/11/5) 
10月25日(木)
 石川島生活協同組合の生協まつり(26日〜28日)のために、山形県食品産業協議会の会員企業が上京。夜、生協の皆様から歓待を受け、楽しいひとときを過した。

10月26日〜28日
 いよいよ生協まつりが始まった。店頭・店内で会員企業10社が山形物産コーナーで自社製品の販売を行なった。また、いも煮会をやり、肉は置賜畜産公社の米沢牛を使って大好評であった。生協の皆々様のあたたかい御厚情にふれ、心から御礼申し上げます。


農林水産環境展2001

 11月28日(水)〜30日(金)、日本コンベンションセンター(幕張メッセ展示ホール8)にて、農林水産環境展(主催・農林水産環境展実行委員会/後援・農林水産省、環境省、全国知事会、他)が開催されます。農業・畜産業・林業・水産業において「自然と共生を目指して」のテーマで、たくさんの出展ブースが出ます。長谷川の山形仕込味噌は、無農薬・減農薬関連で、物産コーナーに出展しております。特みそ・特特みそ・無農薬みその試食販売をしております。また、主催者の特別 企画コーナーで「語らいのステージコーナー」の企画運営をする事になりました。
http://www.kankyo-news.co.jp/efaff/

●11月28日(水)13:30〜
「契約栽培の仲間たち」
 講師:長谷川裕市(長谷川の山形仕込味噌)
 ※北海道・青森・山形から、契約栽培の仲間がやってきて、ステージでトークショーを行ないます。

●11月29日(木)13:30〜
「無農薬・無肥料 木村秋則の世界」
 講師:木村秋則(りんご・米農家)
 司会:長谷川裕市
 ※木村さんの、無農薬無肥料栽培にかけた農業人生を語ります。

●11月30日(金)13:30〜
「わが家の食卓がガラリと変わるたべもの発見ガイド」
 講師:丸谷 馨
 司会:長谷川裕市
 ※ノンフィクション作家 丸谷 馨 氏が、北は北海道から南は奄美・小笠原まで日本全国を取材した本から、食の安全とおいしさについて、様々なエピソードを語ります。

 ぜひお時間があれば、お出かけ頂ければ幸いです。12月のコラムに報告します。

(更新日 2001/10/3) 
9月10日(月)
 旭川空港にお昼に到着。台風のため雨。佐藤さんと鈴木さんが迎えに来てくれた。車で1時間30分、上川郡剣淵町に着いた。無農薬大豆の畑を見に行った。富養土が一面 、黄土として流れ出しており、佐藤さんが言った。「あぁ、もったいないなぁ。」と。
 去年の夏は30度を越す真夏日の連続であった。今年は一転、夏らしい夏がなかったそうだ。農業とは、自然とのつきあいである。作物は作物で、子孫を残すために必死で生きている。よほどの状況でない限り、暑くとも寒くとも生きているのである。
 大豆の根・葉・茎・さや・実はかじって中味を確認した。北海道のきびしい気候風土の中で、私のみその大豆は育っている。剣淵生命を育てる大地の会の事務所を訪れ、意見交換をして、夕方食事をいっしょにした。その後、旭川に移動し、佐藤さんとゆっくり話をした。

9月11日(火)
 台風の中、移動。石狩郡新篠津村の井伊さんと会った。夜、ゆっくり話をした。井伊さんの大豆を使った納豆が今年、全国納豆コンテストで優秀賞をもらったとの事。

9月12日(水)
 今日も雨、井伊さんと新篠津村農協を訪問。農産部の皆さんと意見交換。農協でみそを造って販売しているそうだ。そのあと、新篠津村クリーン農業推進センターを訪問した。土壌分析や波動を調べる機器があり、今回は、波動測定の説明を受けた。実物は、初めて見た。後日、井伊さんの大豆で試作している私のみその波動が20であったと電話連絡を受けた。みそで20とは大変高い数値でおどろいたそうだ。井伊さんの大豆は、減農薬減化学肥料で、昔からの山形の地元の仕込味噌に使っている。栄養価が高く、からだに良い大豆を作りたい。これが井伊さんの考え方である。井伊さんの大豆畑に行き、大豆を確認させてもらった。今年は、寒暖がはっきりしており、味が良いとの事である。
 夕方、札幌で北海道自立推進協議会の野口先生と会った。農事組合だよりで毎年取材を受けており、今年も、いろいろとすきな事を話してしまった。野口先生が、若かりし頃の農業運動の話をしてくれた。馬ぞりの馬がふぶきでも帰路の道を知っており、仕事がおわると冬の夜空のそりで、人は歌をうたいながら、馬はまっしぐらに家路に急いだ。私のみそ造りは、多くの人の善意と労苦に支えられている。私のみそ造りは、農家の皆さんといっしょだ。自然が相手なのだ。

(更新日 2001/9/3) 
8月22日(水)
 山形県食品産業協議会のメンバー6人で、石川島生活協同組合を訪問し、中田常務理事様はじめ皆様と懇談。東京に台風が来ており、大変だった。

8月23日(木)
 岩崎通信機消費生活協同組合会、大日本インキ生活協同組合を訪問。

8月25日(土)〜27日(月)
 無農薬みその原材料である青森県無農薬無肥料米「あきたこまち」の契約栽培農家の木村秋則さんを訪問した。木村さんと会うと、いつもとことん話をします。話が多くて終わらないのです。今年の稲作の状況はまあまあでした。ついでにりんごも見に行きました。津軽はりんごの産地で、どこへ行ってもりんごだらけです。木村さんのりんごは無農薬無肥料栽培です。りんごの葉は虫に食われ、木村さんのりんご箱の絵柄にあるしゃくとり虫も元気でした。りんごも虫に食われたもの、食われないもの、いろいろです。私は山形に帰路の途中、2ヶ所程他のりんご畑をみました。りんごの木の上の方の葉先は、少々虫に食われておりましたが、その他はおおむねきれいでした。袋をかぶせているりんごも多く、見た目はすばらしいりんごになるでしょう。皆さん、農薬を使ったりんごと木村さんのりんごの違いをどう理解されますか。

8月29日(水)〜30日(木)
 全国味噌技術会で、長野県にいました。



(更新日 2001/8/7) 
 7月のコラムで書いた、たつのこ保育園の加藤先生からお手紙をいただきましたので、一部を紹介したいと思います。

「先日はお忙しいところ、子供達のために時間を作っていただきありがとうございました。お陰さまで『ゆでたての豆のにおい』『くり、かぼちゃ、くるみの味がした豆』を子供達と思い出しています。そして『豆には味がある。砂糖、しょう油をつけない、本当の豆の味を忘れないでほしい。」と教えていただいた事も、6月の誕生会の『みそ工場見学の劇ごっこ』では、おじさん役のたくろう君が話してくれました。楽しかった思い出だからこそ、劇ごっこに発展していったんだと思って、本当に感謝しています。」
 自然のもつ素材のすばらしさを、少しでも子供達にわかってもらえてうれしいです。

 先月からの食の安全の話にうつります。HACCPやISO等の高度な技術・技法をもった立派な大工場が、日本にはたくさんある。問題は、その食品の原材料が何を使っているのか?製造方法がどの様になっているのか?そして実際に見て理解できるか?という事である。現実的には不可能であろう。原材料は正直に言えばいいが、製造方法は、添加物を含む様々な技術を駆使して、しかも工場見学と言っても見て理解できるものではない。とにかく信用するしかないのである。
 雪印事件、最近ではスナック菓子で著名な大手数社が、ポテトスナック菓子で日本では遺伝子組み換え未承認の原料じゃがいもをアメリカ、カナダで承認されているとして使用していた事件。私は皆様に言いたい。食の安全は、自分で守るものである。相手を全面 的に信用して食べ続けるのか。それとも、自分の知識の範囲でその食品の成り立ちを理解確認できるものを食べるのか。皆さん、思い出してほしい。昔は身近な所に食べ物があった。近所にとうふ屋さんがあったり、天ぷら屋さんがあったりして、毎日のぞいていたんじゃないですか。多少大変だけれど、自分の身近な所に食品を引き寄せてみてもよいのではないでしょうか!


(更新日 2001/7/2) 
仕込味噌(3)

6月19日(火)
山形市内のたつのこ保育園の園児19名と先生2名が、みそ造りの見学に来た。今年、園の畑に大豆を植えたので、大豆を使った食べ物を勉強したいとのことであった。お釜で無農薬北海道大豆を煮る所と、煮た大豆をチョッパーで切る所を実際に見てもらった。煮た大豆や切った大豆を園児に食べてもらった所、「くりの味がする。」「かぼちゃの味がする。」「きなこみたいだ。」と、大変おいしいと大好評であった。味付けしていないただの大豆であったが、素材の味の大事さを再認識した。一人の先生が「昔、おばあちゃんが家でみそを造っていた。大変なつかしい。」とおっしゃった。

食の安全は、製造過程がわかっていれば、理解しやすい。製造過程が簡単であれば、わかりやすい。自分の理解できる範囲の中で食べ物が生産されていれば、理想であろう。
次回、このつづきを書きたい。


たつのこ保育園の皆さまが帰る所です。山形交通 の路線バスの時間が迫り、てんやわんやの帰路になった様です。
雨降りの日、大変ご苦労様でした。ありがとうございました。


5月23日(水)
伊豆大島から、無農薬みそに使用している深層水の塩「ハマネ」と、特特みそに使用している「島の塩」を製造している深層海塩(株)の三間社長が、山形を訪ねてくれた。二人で地元生協を訪問し、植田商品企画室長にお会いして、深層水の塩の説明をしました。夜、二人でじっくりいろいろな話をしました。

6月25日(月)
山形県遊佐町の契約栽培農家より、電話がありました。無農薬無化学肥料「ササニシキ」の田んぼに、今年もホタルがやってきたとの事でした。

6月30日(土)
北海道の契約栽培農家より、電話がありました。今年も温度が高く、しかも雨が少なく、大豆が発芽しなくて、やむなく他の作物に植え直した地域がでているとの事。私の所はだいじょうぶとの事。ホッ。


(更新日 2001/5/29) 

仕込味噌(2)

私は今、仕込味噌(自家製手づくりみそ)をorder・madeで受けて、山形の各家庭のおけに仕込んでいます。毎日朝4時半に起床し、5時にお釜に火を入れます。お湯になるのに1時間30分かかります。仕事がおわるのが夜8時から9時の間頃です。毎日が肉体労働です。

代々続いてきた仕込味噌、それが時代の流れにより、新しい世代への継続がむずかしくなりつつあります。むしろ都会の人たちが、この仕込味噌の価値を見直してくれています。

私がやれる事は、スーパーの市販のみそより数段うまい仕込味噌を造る事、そして、安全で栄養的にも評価されるみそを造る事だと思います。製品みそを造って、皆様に食べていただいておりますが、庶民のみそ造り文化の山形での仕込味噌は、製品みそのためにも、永遠に存続させるつもりです。


(更新日 2001/4/16) 

仕込味噌(1)

「仕込む」という言葉を辞書で引くと、酒・みそ・しょうゆなどを造るため、原料をまぜ合わせておけなどにつめこむと書いてある。味噌の場合は、大豆を煮るか蒸すかして、米又は麦で麹をつくり、塩といっしょにまぜて、おけにつめこむという事になる。この段階では発酵していないので、味噌としては食べられない。

3月のコラムで書きましたが、麹をつくるのは難しいので、一般家庭で仕込味噌を造る時は、麹屋さんから麹を買ってきて、大豆は自分で煮て、塩と混ぜて容器に入れるという事になる。これが自家製手づくり味噌である。

長谷川の山形仕込味噌は、完全無添加みそである。大豆を煮て、米をふかして(蒸して)麹菌をつけて麹にして、塩といっしょにまぜて、おけに仕込んで熟成を待つだけ。ここに添加物を入れる必要はまったくない。なぜならば、昔からみそ造りに添加物はなかったからだ。

次回から数回にわけて、仕込味噌について書いていきたい。


(更新日 2001/2/28) 

〜麹(こうじ)の里〜

私の住んでいる印役(いんやく)・山家(やんべ)の地に、天平9年(737年)蝦夷(エゾ)征伐のため、聖武天皇が大野東人(オオノアズマンド)を派遣しました。統治するために印鑰明神宮を参議従三位 大野東人朝臣が創建しました。その時に麹の製法が伝えられ、東北六県の中で、みその縁起として一番古い歴史を伝えている土地です。また、江戸時代の元和8年(1622年)山形城主鳥井忠政は、この印役と山家に製麺と製紙の無税専売を許しております。

昔、麹屋さんから麹(こうじ)を仕入して売っている売り子さんがいました。冬の季節は、ソリに板こうじをのせて、県内にこうじを売っていました。代金としてお米をもらって、ソリにのせて帰ってきました。雪のない季節は、馬車や肩にせおってこうじを売っていました。そのうちリヤカーを使うようになりました。

こうじは、みそ造りやつけもの・甘酒・どぶろく酒等に広く使われておりました。今でも麹屋さん(もちろんみそを造っています)が集合している日本でも珍しい地域なのです。県道山寺街道、松尾芭蕉の「しずけさや 岩にしみ入る 蝉の声」で有名な立石寺のある山寺が終点です。最近は、印役みそ街道と呼ばれるようになりました。


(更新日 2001/2/1) 
1月15日(月)大豆関係で北海道から佐藤さん・井伊さん、米関係で青森県から木村さん、日本海の秋田県境の山形県遊佐町から真嶋さんが、契約栽培グループの代表として山形に集まって来ました。夕方、山形県生活協同組合連合会の伊藤寛会長宅を訪問し、伊藤会長と奥様を交えて、様々な意見交換をさせていただきました。その後、市内の飯田温泉に宿泊し、大豆や米の無農薬栽培・有機栽培や新JAS法、そして様々な農業の現状について、活発な意見交換をしました。

1月16日(火)午前10時、山形県醤油味噌工業協同組合に清野事務局長を訪ね、大豆や米の意見交換をし、また清野事務局長より、味噌に関してご指導をいただきました。用事のため、遊佐町の真嶋さん帰路。私も含めて残り4人は、午後1時より、日本の有機農業の草分け的地域の一つである山形県高畠町に、上和田有機米生産組合(組合長菊地良一、顧問星寛治)の菊地組合長宅を訪問し、組合長そして組合長のお母さん・息子さんを交えて、農業について3時30分まで様々な意見交換をさせていただきました。組合長の年老いたお母さんが、我々に「農業って、いいべぇ。」とおっしゃった事が、心に残っています。
山形市に戻り、北海道の井伊さんが帰路。私を含めて残り3名は、お取引先の山形県学校生活協同組合の佐藤常務理事・平沢業務部長を訪問し、大豆や米、そして味噌の話をさせていただきました。飯田温泉に戻り、今夜は無農薬みその大豆を作っている北海道の佐藤さん、米を作っている青森の木村さん(無農薬無肥料栽培のりんご農家として有名な方です)と私3名で、昨日の話の続きをしました。

1月17日(水)午前10時。お取引先の生活協同組合共立社の山形本部を訪問し、熊谷常務理事・植田商品企画室長を始め、ご3名様と、北海道の佐藤さん・青森の木村さんと私3名で、無農薬及び有機栽培について、そして無添加・手づくりのみそについて、11時30分まで意見交換をさせていただきました。昼食後、3人で仙台まで行き、お互いに別 れました。

北海道の佐藤さんは、春の作付けから有機栽培大豆に入る。青森の木村さんは、何年も前から、ずっと米を無農薬無肥料栽培で作り続けている。山形県遊佐町の真嶋さんは、鳥海山のふもとに湧水の出る土地を探し、ササニシキの有機栽培を考えている。

私のために、いい物を作ろう、安全でうまい大豆や米を作ろうと必死に努力している。長谷川の山形仕込味噌は、契約栽培の皆さんの必死の思いがこもった大豆や米で出来あがっている。私の責任は重い。


(更新日 2000/12/29) 
21世紀、新年あけましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になり、ありがとうございました。本年もそして21世紀もよろしくお願い申し上げます。

さて、20世紀最後のクリスマスの日、夕方仕事を終えて、妻とスーパーに買い物に行った。夕食を作る時間がなくなり、店内で別 々に買い物をして車に戻った時の妻の話。それは納豆売場での30代前半の夫婦の会話だった。

夫・「遺伝子組み換え大豆を使用していない納豆を買おう。」
妻・「うん。」と言って、いろいろ手に取って見ている。
夫・「あっ!これ、有機無農薬大豆使用と書いてある。でも、どこの産地の大豆だかわからないなぁ?」
妻・一生懸命探して「あっ、これは山形の地豆使用と書いてある。これにしよう!」
夫・「うん。」

私の妻もそれと同じ納豆を買ってきた。
ところで、そう言えばたまに生協にみそを持ち込んで直接売っている。500gの無農薬みそのカップを、20代30代の人たちが、何も言わず黙って買っていく。不思議に思っていた。添加物に生まれた時から汚染されてきた世代の人たちが、今一番安全を気にしている。自分もアレルギーに悩み、生まれてきた子どもたちも病んでいる。20世紀は「飽食」という名の食の崩壊で終わったのかもしれない。

私は、今年の年賀状にこう記した。21世紀も「本物の時代」を一心に念じ、人生を全うしたいと。


(更新日 2000/12/5)
今年も、もう12月になり、20世紀最後となりました。11月20日よりホームページを開設しましたが、今月より毎月「今月のコラム」を掲載することになりました。末永くよろしくお願い申し上げます。
20世紀は創造と破壊の世紀でした。20世紀末の現在は、破壊の状況へと向かっていると思われます。創造のための破壊であって欲しいと思います。
私の家では、江戸末期「おとま」というおばあさんが、麹(こうじ)を取り扱う仕事を始めたのがはじまりでした。我が家の20世紀は、おとまばあさん、そして初代市次郎、2代目市治郎、3代目市十郎、そして私が4代目裕市として、どちらかと言えば貧乏商売で、細々と庶民のみそ造りに関わってきました。21世紀、みそはどうなっていくのか?食と食文化を考えながら、21世紀を迎えようとしています。

【お知らせ】
みそを売っているお店はどちらですかとのお問い合わせがありました。以下のお店で取り扱っております。

店名

「やまがたプラザゆとり都」 特みそ・特特みそ・無農薬みそ 各500gカップ入り

住所

千代田区霞ヶ関3-8-1 虎ノ門三井ビル1F

TEL

03-3504-8711

FAX

03-3504-8744

営業時間

AM10:30〜PM7:00 土日・祝祭日休み

交通

地下鉄虎ノ門駅徒歩1分

お願い

みその展示数が少ないので、お電話にて在庫をご確認の上、お出かけ下さい。





〒990-0066 山形市印役町二丁目5番1号
TEL 023-622-4695/FAX023-622-3180