ホーム今月のコラム

今月のコラム

column

スローフード

更新日:2002.08.01

7月6日(土)午前9時より、協同の杜(JA山形研修所)にて山形スローフード協会・会員研修「スローフード運動を、どう進めていくか」があった。 去年7月に発足し、今年3月イタリアの「スローフードインターナショナル」に加盟した日本で5番目の支部である。 会員は57名で、農業関係者・醸造関係者・教育関係者・料理関係者・商店主・主婦等である。 「郷土の食文化を掘り起こし、大切さを後世に伝えていこう」としている。

 スローフードは、1986年イタリア北部のブラという村で、文化人(イタリアのジャーナリスト、カルロ・ペトリーニ)等で始まった。 やがてNPO運動で、 [1]消滅の恐れのある伝統的な食材や料理や質の良い食品、ワインを守る [2]良質の食材を提供する小規模生産者を守る [3]子供達を含め消費者の味の教育を進める という運動になった。 事の発端は、1986年ローマの名所スペイン広場でハンバーガーショップが開店した事であった。 現在世界で会員が7万6千人、日本では5支部900人である。

 ファーストフードが食事や味覚の画一化をもたらしている現在、各地に残る食文化を大切にし、くらしや生き方を考え直していこうとする運動である。 今、食が崩壊しようとしている時に、非常に大事な運動であり、私の仕事、特に仕込味噌(以前は、各家庭で自家製みそを造っていた)は、 まさに日本のスローフードの代表的な食材の1つであると思っている。
 このテーマについては、折にふれて、これからも書いていきたいと思う。


無題

更新日:2002.07.01

6月21日 「山形県がやってきた」

 私のみそ造りについて話を聞きたいと山形県村山総合支庁農業経済部と村山農業改良普及センターのお二人の方が訪ねてこられた。 仕事場で、無農薬大豆や無農薬米、深層水の塩等、私のみその原料の説明をした。みそ造りの作業手順や無添加手造りの話をした。 自宅にて、減農薬・無農薬・有機栽培や農業全般そして機能性食品について話をした。 知事をはじめとして、山形県あげて、地産地消に、一生けんめいであるという話をお伺いした。

6月27日 「北海道に霜がふった」

 「6月25日、北海道に霜が降った。」というニュースをテレビで見た。契約栽培大豆が心配で佐藤さんに電話した。 そう言えば、先月もテレビで「氷(ひょう)が降った」というニュースで電話をしたばかりである。 大雪山には雪がふり、家では毎日ストーブの生活だそうである。 無農薬大豆は無事であったが、無農薬の小豆(あずき)は、霜の害を受け、栽培をあきらめるかどうかという状態で 佐藤さんは「ああ、がっかりした。」と電話口で言った。この無農薬のあずきは、金沢の和菓子屋さんにいくものである。 地域の仲間と離れて点在する仲間でセーフティーネットを作っている。お客様には迷惑をかけられないとの事である。 いつ、私のみその原料である無農薬大豆が全滅するかわからない。 私も二重にセーフティーネットを作っているが、100%の保証はどこにもない。
 7月より無農薬みその大豆が無農薬減化学肥料から、無農薬無化学肥料にかわり、ラベルやパンフレットを変更中である。 平成11年に無農薬無化学肥料栽培の契約をし、平成12年春、種まきをし、晩秋=初冬に収穫した大豆が、平成14年7月 やっとみそになった。


こだわり

更新日:2002.06.01

たまたま自分が人間として生まれた限り、誰でも人間としての自分の存在を確認して生きていたいと思うものである。物づくりも同じである。私のみそ造りの原材料である大豆や米そして塩もこだわりの素材である。大豆では北海道の佐藤さん、井伊さん。米では青森の木村さん、山形の米の道の会の皆さん。それぞれが自分の存在をかけて、私に大豆や米を作ってくれている。「お前のために作っているんだ。」この言葉は、私のみそ造りの最中にも、大豆や米が直接語りかけてくる。塩にしても、「伯方の塩」には塩田復活の大衆運動の歴史があり、伊豆大島の「島の塩」深層水の塩「ハマネ」にも伊豆大島の昔からの塩づくりの歴史があり、世界で初めて深層水の塩をつくりあげた地なのである。それぞれにすさまじい思いがあり、ながい時間が込められている。大豆・米・塩……みそ造りのただの材料ではない。様々な人たちのこだわり、思いが私のみそ造りを動かしていく。これらの原材料があるから、私の無添加・手造りのみそ造りが生かされていくのである。

 私のホームページを見た東京の女性の方から、先月みその注文がきた。昔たべたおばあちゃんのなつかしい手造りみそをたべたい。いろんなみそをさがしてたべているが、同じ様なみそにめぐりあえない。早速みそをお送りした。返事の電話がきた。大変おいしかった。でも、ちょっと私がさがしているみそとは違う様だ。でも、またたのむ事があるかもしれないのでよろしくお願いしますとの事であった。このお客様は、自分のルーツをさがす様に、あのおばあちゃんの手造りのみその味を求めて、また旅をするのであろう。

 私のお客様には、こだわりの人が多い。「みそだけは、おいしい物をたべたい。」「おいしいみそと米があれば、生きていける。」こだわりの連鎖と思いの伝達。私は皆様に、こだわりと思いを伝えられるみそを造っていきたいと思う。

私の青空2002(内館牧子作)

更新日:2002.05.01

 NHK月曜ドラマシリーズ「私の青空2002」(午後9時15分~)が4月1日より8回シリーズで始まった。4月は第5回まですすみ、5月13日(月)からあと3回番組が残っている。一昨年の4月から放送された朝8時15分からの連続ドラマ「私の青空」の続編である。このドラマは、青森県大間町のまぐろ漁師の娘なずなが、高校の先輩でもある健人と結婚式の三三九度の最中、ボクシングジムの娘の千代子とボクシングをあきらめきれない健人が失踪してしまう。すでに妊娠していたなずなは、未婚のまま太陽を出産する。太陽の父親健人を探すため上京して、築地でくらし始める。
 今回は、太陽が小学校3年生。なずなは学校の給食調理員そして夜は武蔵氷業でアルバイト。父 健人はボクシングジムのトレーナー。籍を入れずシングルマザー(未婚の母)として太陽といっしょにくらし、健人は同じアパートの違う室に住み「いい関係」を作っていた。ところが健人がボクサーのスカウトでりんごの里青森県岩木町を訪ね、りんご農家の娘小雪(菊川怜)と出会い、恋愛におちいる。太陽と健人は親子関係であるが、籍が入っていないなずなと健人は他人の関係になる。シングルマザーなずなが人生の地獄をみるというストーリーで、今のところすすんでいる。

 私の無農薬みその原料である無農薬無肥料米「あきたこまち」を作ってくれている木村秋則さん。番組のおわりに出演者及び関係者の名前が字幕に出るが、そこに農業指導木村秋則と出てくる。またドラマの中でスノーモービルに乗って今まで二回出演している。29日の第5回「父をたずねて三千里」で、太陽が小雪といっしょにいる父健人をたずねて一人岩木町を訪ね、雪の中、迷子になっているところを助ける役だった。

 また、映像に出てくる木村さんのりんご畑、りんごの木に話しかける姿、小屋、自宅。私は、このドラマが始まって1ケ月ずっと考えていた。何だ、このふんいきは。木村さんのふんいきが、このドラマをおおっている。ドラマの舞台は青森。本州最北端の大間の漁港。そして今回は、冬の津軽。雪の中のりんごの木。そう言えば、このドラマが始まる前、木村さんが私にこう言っていた。今度のドラマは「りんごの花が咲くまで」がテーマの1つになっているんだと。このふんいきは、りんごの無農薬無肥料栽培に一生を捧げた木村さんの苦しみ、悲しみ、やさしさ、そしてよろこびなのかもしれない。このドラマは、いいとか悪いとかを超えて、一生けんめい生きる人生の「実感」を表現したかったのかもしれない。

 ※「今月のコラム」のバックナンバー[2001]2/1・10/3・11/5・12/4・[2002]4/2 に木村さん関連が載っていますので、ご参照下さい。

無題

更新日:2002.04.01

3月19日(火)
山形商工会議所の方から、中国の人がみその話を聞きたいという話があって、今日午後4時30分に、大連市から貿易会社の蒋旭(JIANG XU)社長そして通訳の邱捷(GIU JIE)さんと、そして佐藤さんの三人が自宅を訪ねてくれた。みその話であるが、通 訳の人も中国の人で理解してもらうのにとまどった。具なしのみそ汁や、みそ漬をたべてもらった。中国のみそは、豆みその様で、どうも中国ではみそ汁としてはあまり使わないようだ。日本では一汁一菜等のように、みその味が主役にもなる事があるが、中国では様々な調味料の1つでしかない様だ。みそ造りの説明をしている時に、みそ漬の桶のみそに興味をもったようだった。食文化の違いをつくづく感じた。
 私はやっぱり日本の食文化としてのみそをこれからも大事にしていきたい。
200204-1

3月26日(火)
 宮城県仙台市で、仙台国際ホテルにて仙台平成ロータリークラブの例会があり、依頼を受けて、卓話というコーナーで話をした。お昼時間の例会で「本物の時代」というテーマで狂牛病の話と、私のみそ造りで無添加・手造りの話を23分した。あっという間に時間がすぎ、わかってもらえたのかなぁ?と 今は、考えている。
200204-2

4月1日(月)
 午後9時15分からNHK月曜連続ドラマ(8回)「私の青空2002」の第1回(お父さんの恋)の放送があった。2年前の朝8時15分からの連続ドラマの続編で前作は青森県大間町のまぐろ漁が背景になっていたが、今回は青森県岩木町のりんご作りである。実は、私の無農薬みその原材料のお米(無農薬無肥料栽培)を作ってくれている木村秋則さんのりんご作り(無農薬無肥料栽培)がモデルとなっており、木村さんのりんご畑や小屋も写 っており、りんご農家の姉[佐藤小雪(菊川怜)]と弟[佐藤猛(三宅健)]の自宅(セット)も木村さんの自宅のふんいきがかもしだされていた。
 この話は、5月のコラムで書きたいと思います。

無題

更新日:2002.03.01

雪印問題。特に表示問題について書きたいと思います。
 写真を掲載しましたが、写真の右はしで納豆を食べているのが私です。2月16日(土) 朝日新聞のくらしというコーナーで国産大豆に関する記事の中での写真です。この記事の中で2000年度産の国産大豆の生産量 が24万tと前年より25%増えて、日本の大豆自給率がやっと5%になったとの事でした。2月12日(火) 東京で「大豆畑トラスト運動全国交流集会」があり、参加してきました。消費者団体などで作るネットワーク「遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン」が 1998年から始めたもので、消費者は大豆畑に一定額を出資し、収穫量に応じて大豆を受け取ります(大豆・納豆・みそ・しょうゆ等)。生産者はできるだけ農薬や化学肥料を使わず栽培し、生育状況を消費者へ伝えます。集会には、全国から多くの大豆トラスト団体と消費者が参加しました。トラスト畑で生産者と消費者がいっしょになって種まきしたり、草刈したり、収穫したりしている状況が報告されました。うそか本当とかという表示問題ですが、大豆トラスト畑の大豆には、そういう問題はおこりません。なぜならば「どこの畑で、誰が、どの様に作っているのか」という情報を消費者自身で確認がとれているからです。

 すべてのたべものは、誰かが、どこかで、様々な方法で収穫もしくは加工しているのです。作り手(農水産物生産者・加工業者)から売り手(小売店・スーパー・デパート)、そして買い手(消費者)へと、正しい情報が伝わっていれば問題がありません。でも、こんな事を書いても無意味な時代となっています。とりあえず買い手(消費者)の立場から売り手側に表示に疑問をもった時は、「この表示は本当ですか」とお店に直接聞いてみるのもよいでしょう。売り手は説明責任がありますので、作り手に確認をするはずです。

 私が契約栽培にこだわっているのは、できるだけ自然のかたちでみそを造りたいので、おいしいみそを造るためにおいしい素材が必要な事と、少しでも安全であって欲しいとの願いからです。
200203


寒仕込み

更新日:2002.02.01

朝6時、お釜に水を入れて、バーナーに火をつけてお湯をわかします。気温は氷点下。7時30分にやっとお湯がわきました(写 真)。90分かかります。

 大豆を煮るために、木のふたをかぶせているお釜に大豆を入れ、麹(こうじ)造りのためにステンレスのかんに、抜掛法と言って、何回かに分けて米を入れて、ふかします。この90分の時間にも、並行的に様々な作業をしています。夕方5時まで、とにかくいろいろな仕事が続きます。

 寒仕込みの時に一番困る事は、写真を見てわかる様に、お釜に火が入っている間、湯気が仕事場一面 に立ちこめますので、何も見えなくなります。よって仕事場の窓や戸をあけます。室内も外も同じ状態になります。すなわち、冬なのです。手造りとは、長時間肉体労働・少量 生産なのです。

 さて1月の話題と言えば雪印。次回のコラムで書きたいと思います。ただ一言、私がいつも言っていますが、この地球上で今も食べものの確保のために、動物の世界、植物の世界で生存競争がくりひろげられています。無防備と無責任は死を意味しています。たべものの確保とたべものの安全性は、自分の生死にかかわるのです。もう一度、たべものについて真剣に考えてほしいと思います。
200202

無題

更新日:2002.01.01

新年あけましておめでとうございます。
 昨年は大変お世話になり、ありがとうございました。

 今は誰もが「変革の時」だと思っている希な時代である。最近では明治維新・第二次世界大戦前後である。破壊と創造である。
 食べ物を考えた場合、変わらない食べ物・変わった食べ物がある。たとえば、米とかみそは永い間食べられてきた。時間のスパンを考えると、あまり変化していない食べ物である。今、話題になっている牛肉等は明治時代になってから日本人が食べ始めたが、狂牛病問題が出てきた。
 私は、安全でおいしく、からだに良いみそを提供したいと微力ながらがんばっています。今年は変わらなくてもいい部分と変わっていくだろうと思う部分を、じっくり考えていきたいと思う。
 「普遍的な価値と新しい価値」である。

 今年はうま年で、私も48歳になります。精一杯努力しますので、皆々様のあたたかい御厚情をよろしくお願い申し上げます。

11月28日(水)~30日(金)

更新日:2001.12.01

午後1時30分から3時
 幕張メッセで、農林水産環境展2001が開催された。私は3日間、語らいステージコーナーの企画運営を担当した。28日は「契約栽培の仲間たち」のテーマで、午後1時30分より農林水産環境展実行委員会の企画委員で環境新聞社編集局長 小峰且也様の主催者あいさつで始まった。私がコーディネーターとなり、私のみその契約栽培の農家の皆さんが話をした。米関係では、青森から木村秋則さん、山形から佐藤専一さん、真嶋一さんが話をした(山形新聞参照)。

大豆関係で、北海道の池田さんが「農薬を使わずに畑の土をつくり、作物を育てることが、人の生命を守ることに結びつくと思う」、井伊さんが「私の育てたものを食べた人に健康に暮してほしいとの思いに取り組んでいる」と語り、北海道新聞に紹介された。また、「わが家の食卓がガラリと変わるたべもの発見ガイド」の著者の丸谷馨氏も参加してトークショーを行なった。塩関係で(株)深層海塩の三間社長が塩の話をした。そのあと聴衆の皆さんとの質疑応答をした。

 29日は「無農薬・無肥料 木村秋則の世界」のテーマで私が司会となり、木村さんが自分の農業人生を語った。質疑応答で、脱サラして農業を始めた若い男性が「木村さんの農業人生に感銘を受けた。私もがんばりたい」と、また若い女性の人は「私の店でも、安全でおいしいものをお客様に伝えたい」と語った。

 30日は「わが家の食卓がガラリと変わるたべもの発見ガイド」のテーマで、私が司会を担当し、作家の丸谷馨氏が講演をした。

 私たちが3日間行なった語らいステージコーナーと物産コーナー(6社)は、一抹の清涼剤となり、農林水産環境展の「心の癒し」となったのかもしれない。

 私は初めて幕張メッセの大きな会場に来た。よくテレビでみる企業の展示ブースの風景があった。でも、そこには、やや元気のない企業戦士の姿があった。もっと元気が欲しい。楽しさが欲しい。やっぱり収穫を祝う村の秋祭りだ。祭りだ、祭りだ、豊年祭りだ。
 ワッショイ!ワッショイ!
200112

無題

更新日:2001.11.01

10月25日(木)
 石川島生活協同組合の生協まつり(26日~28日)のために、山形県食品産業協議会の会員企業が上京。夜、生協の皆様から歓待を受け、楽しいひとときを過した。

10月26日~28日
 いよいよ生協まつりが始まった。店頭・店内で会員企業10社が山形物産コーナーで自社製品の販売を行なった。また、いも煮会をやり、肉は置賜畜産公社の米沢牛を使って大好評であった。生協の皆々様のあたたかい御厚情にふれ、心から御礼申し上げます。

- 農林水産環境展2001 -

 11月28日(水)~30日(金)、日本コンベンションセンター(幕張メッセ展示ホール8)にて、農林水産環境展(主催・農林水産環境展実行委員会/後援・農林水産省、環境省、全国知事会、他)が開催されます。農業・畜産業・林業・水産業において「自然と共生を目指して」のテーマで、たくさんの出展ブースが出ます。長谷川の山形仕込味噌は、無農薬・減農薬関連で、物産コーナーに出展しております。特みそ・特特みそ・無農薬みその試食販売をしております。また、主催者の特別 企画コーナーで「語らいのステージコーナー」の企画運営をする事になりました。
http://www.kankyo-news.co.jp/efaff/
200111

●11月28日(水)13:30~
「契約栽培の仲間たち」
 講師:長谷川裕市(長谷川の山形仕込味噌)
 ※北海道・青森・山形から、契約栽培の仲間がやってきて、ステージでトークショーを行ないます。

●11月29日(木)13:30~
「無農薬・無肥料 木村秋則の世界」
 講師:木村秋則(りんご・米農家)
 司会:長谷川裕市
 ※木村さんの、無農薬無肥料栽培にかけた農業人生を語ります。

●11月30日(金)13:30~
「わが家の食卓がガラリと変わるたべもの発見ガイド」
 講師:丸谷 馨
 司会:長谷川裕市
 ※ノンフィクション作家 丸谷 馨 氏が、北は北海道から南は奄美・小笠原まで日本全国を取材した本から、食の安全とおいしさについて、様々なエピソードを語ります。

 ぜひお時間があれば、お出かけ頂ければ幸いです。12月のコラムに報告します。

PageTop